この方こそ救い主「幼子が布にくるまれて飼い葉おけの中に寝かせてあるのを見るであろう。それがあなたがたに与えられるしるしである」

羊飼いたちは初めのクリスマスを感動の中で受けました。羊飼いたちは貧しく身分の低い人たちでしたが、一番先に救い主の誕生の知らせが与えられました。

この救い主を見て、うでに抱くことができた人がいました。生まれて一ヶ月を過ぎると、女の人が初めて産んだ男の子を主にささげる献児式がありました。

ユダヤのしきたりにあわせて、宮もうでをなさったのですね。その時、聖書のうながしを受けたシメオンは、宮の内に入っていきました。

若い二人が幼子を抱いて、神殿での献児式へ行きました。モーセの律法による彼らの清めの期間が終わった時、両親は幼子を主に捧げるために。出エジプトに「初子として生まれる男子はすべて主にささげられなければならない」と記されているからでした。

イエス様は11日目に割礼も施されました。そして名をイエスと名付けられました。

シメオンというこの老人は「救い主なる方を見るまでは死ぬことはない」と聖霊によって示されていました。すごいですね。ルカ2:22~から詳しく記されていますね。

シメオンは正しく敬虔な人で救い主の現れるのを待ち望んでいた。旧約で示されている約束を信じていた人でした。

その望みかたは半端なものではない。いつ来られるか分からないのに、来る日も来る日も今日かもしれないと宮もうでをぜったいになさるはずだと信じて疑わなかったのです。

ついにシメオンは御霊にうながされて神殿に入っていくと、幼子イエスを連れた両親がイエスのために律法の定めていることを行うために入って来たので、シメオンは幼子を抱き、神をほめたたえて言った。「主よ、満足です。もう思い残すことはありません。私の目が今、あなたの救い主を見ました。救い主はあなたがすべての国民のために備えられたもので、異邦人に御心を示す光です。また御民イスラエルの光栄です」

父と母は、幼子イエスについてこのように語られたことを聞いておどろいた。シメオンは両親を祝福して、母マリヤに言った「ごらんなさい、この子はイスラエルの民を二つに分けてしまいます。ある者は信じて救われ、ある者は信じないでほろぼされるでしょう」

歴史の中にきざまれる神様のご計画はとどまることがありません。そのすべての事実の上に、主の守りといつくしみとがともないますように!

「あなたの祈りは香しくわたしの元に届いたよ」主にハレルヤ・アーメン。