ピリピ教会への手紙は、パウロが獄中で書いた手紙の一つと考えられています。
ピリピ教会は、パウロの第二回伝道旅行の時に設立された、ヨーロッパで最初の教会でした。
この教会には一つの問題がありました。それは、エボディア(口語訳聖書ではユウオデヤ)とスントケの不和です。この問題はピリピ教会の内的な問題の一つであり、パウロは心を痛めていました。この不和が、パウロがこの手紙を書く動機となったようです。
ピリピ4章2節では、パウロが彼女たちに対して「主にあって同じ思いを抱くように」と和解を勧めています。
私たちはそれぞれ、主に愛されています。そのままの姿で主の前に立っていますか?
また、使徒行伝16章には、パウロが第二回伝道旅行中にピリピで経験した出来事が描かれています。
パウロは伝道中、各地でユダヤ人からの迫害に遭い、マケドニア地方へ渡りました。ピリピでは大きな事件が起こりました。
パウロが祈りの場所へ向かう途中、占いの霊に取り憑かれた女奴隷に出会いました。彼女の主人たちは、彼女が占いをして得た利益を頼りにしていました。
彼女はパウロたちの後を追い、「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、あなたがたに救いの道を伝える方だ!」と叫び続けました。
何日もこのようなことが続き、困り果てたパウロは「イエス・キリストの名によって命じます。その女から出て行きなさい」と命じました。
その瞬間、占いの霊は彼女から出て行き、彼女は占いができなくなりました。
彼女の主人たちは、占いで利益を得ることができなくなったため、パウロとシラスを捕まえて牢屋に入れました。
牢屋の中で、パウロたちは祈り、神様に賛美を捧げていました。同じ牢屋にいた囚人たちも、その賛美に耳を傾けていました。
すると突然、大地震が起こり、牢屋の戸がすべて開き、囚人たちの鎖が解けてしまいました。
獄吏(看守)は、地震で目を覚ますと、牢屋の戸がすべて開いているのを見て、囚人たちが逃げたものと思い、自害しようとしました。
囚人たちが逃げたと思い込んだ彼は、逃亡の責任を取らされることを恐れ、自ら命を絶とうとしたのです。
罰で殺されるのならば、自分から死のうと思いました。
その時、パウロの声が響きました。
「自害してはいけない!私たちは誰も逃げていない、みんなここにいる!」
看守は明かりを持って牢屋に駆け込み、パウロとシラスの足元にひれ伏し、こう尋ねました。
「先生がた、私が救われるためにはどうすればよいでしょうか?」
パウロたちは答えました。
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも、あなたの家族も救われます。」
パウロたちは看守とその家族に神の言葉を語りました。看守とその家族はその晩、すぐに洗礼を受け、神を信じる者となりました。
彼らは、救われたことを心から喜び、家中が喜びに満たされました。