● 神様の陣営
故郷へ帰る途中、ヤコブは神様の使い達に出会います。このときの詳細なやり取りについては聖書や歴史的資料には記録が残されていませんが、ヤコブは神様の使いに出会い、「ここは神の陣営だ」と言い、その場所を「マハナイム」と名付けました。
「マハナイム」はヘブライ語で「二つの陣営」を意味します。ヤコブは、自分たちの陣営と神様の陣営が共にあることを強く感じ取ったのです。これは、神様の守りが常に自分たちと共にあることを実感した瞬間だったのでしょう。
● 罪の清算
ヤコブは大きな不安を抱えていました。彼は20年前に兄エサウから長男の権利と祝福を奪い、エサウの怒りは長い年月を経ても消えることなく、非常に激しいものでした。
神様は「あなたを守るから、故郷へ帰りなさい」とおっしゃいましたが、ヤコブは神様の守りを信じながらも、なおエサウの怒りが残っているのではないかという不安を抱いていました。
ヤコブは使者を送り、エサウに伝えます。
「お兄さん、わたしは長い間ラバンのところで働いていました。今は家族と財産を持ち、あなたに会う準備をしています。どうか、今回のことを穏便に受け取っていただければありがたいです。」
聖書には「あなたのしもべヤコブ」と書かれています。ヤコブは、エサウに対する罪の重さを痛感しており、あえて「しもべ」と名乗ることで、罪の意識と赦しを乞う姿勢を強調していました。どうか怒りが収まっていますように、赦していただけますように、と強い不安を抱いていたのです。
ヤコブは、エサウに対して犯した罪を20年間心に抱えたまま過ごしてきました。罪は自然に消えるものではありません。ヤコブはエサウとの和解を心から望み、長年抱え続けていた罪をついに清算し、赦しを得る覚悟を持っていました。
● エサウへの贈り物
使者が戻ってきて、次のように報告しました。
「エサウ様は400人の部下を連れてこちらに向かっています。」
ヤコブは、自分がかつてエサウにしたことを思い出し、強い恐怖に包まれました。エサウが400人もの部隊を率いてやってくると聞き、ヤコブは攻撃されるのではないかという圧倒的な不安に襲われます。そこで、ヤコブは家族と財産を2つのグループに分け、一方が襲撃されてももう一方が生き残れるように策を講じました。
さらに、エサウの怒りを和らげるために贈り物を用意しました。メスヤギ200頭、オスヤギ20頭、メスヒツジ200頭、オスヒツジ20頭など、数々の家畜を送り出しました。
「これらは、あなたのしもべヤコブからの贈り物です。ヤコブはすぐ後ろにおります。」
もしエサウの怒りがまだ残っているなら、この贈り物が彼の心を和らげ、和解のきっかけになればと願っていたのです。うまくいくと良いのですが…。
● イスラエル
贈り物部隊を先に行かせたあと、ヤコブたちは天幕(テント)を張り、一晩休むことにしました。しかし、ヤコブは不安に駆られ、家族を守るために、夜中に急いで彼らを先に進ませ、一人で残る決断をしました。
ヤコブが家族を先に行かせた理由は、400人もの部隊を率いてやってくるエサウに対する恐怖と緊張からでした。もし寝ているうちにエサウが襲ってきたら、家族を守れないと感じ、彼らを安全な場所に避難させ、自分は一人で残ったのです。また、ヤコブは神様に祈り、静かに心を落ち着ける時間が必要だったのでしょう。
ここで創世記の24節から26節までの個所を読み上げます。
「ヤコブはひとりあとに残ったが、ひとりの人が、夜明けまで彼と組打ちした。ところでその人はヤコブに勝てないのを見て、ヤコブのもものつがいにさわったので、ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた。その人は言った、「夜が明けるからわたしを去らせてください」ヤコブは答えた、「わたしを祝福してくださらないなら、あなたを去らせません」
この「ある人」は神様の使いでした。ヘブライ語の原文で「格闘」と表現されており、彼らは本当に肉体的な取っ組み合いをしたようです。しかし、これは単なる肉体的な戦いではなく、霊的な戦いでもあったのです。
もしかすると、こんなやり取りだったかもしれません。
ヤコブ「あなたは、神様の使いですね?お願いです、祝福してください!」
その人「離してください、どうしても離してもらえない、なんて強い意志だ。」
神様の使いは、どうしてもヤコブに勝てなかったため、ヤコブの足の付け根にさわって関節を外しました。
「すまないが、そろそろ夜が明けるので、わたしは帰らなければならない。」
それでもヤコブは、「わたしを祝福してくださらないなら、あなたを帰しません!」と言い張りました。
「分かりました。あなたの名前は?」
「ヤコブです。」
「もうヤコブではありません。あなたは、これからはイスラエルと名乗りさい。あなたは神と戦って勝ったのだから」
こうしてヤコブは「イスラエル」と名付けられ、神の祝福を受けました。「イスラエル」という名前は、ヘブライ語で「神と格闘する者」を意味します。神との格闘を通じて、ヤコブは新しい使命と祝福を得たことを象徴する名前をいただき、これが彼の新しい歩みの始まりとなりました。
● ヤコブの成長
ヤコブはこの戦いを通じて霊的に大きな成長を遂げました。彼は神様を信じていたものの、エサウとの再会を前にして大きな不安を感じ、贈り物を用意したり、襲撃に備えるなど、あらゆる手を尽くしました。
しかし、最後には先頭に立ち、エサウと真正面から向き合う決断をしました。ヤコブはラバンのもとで20年間働き、多くの祝福を神様から受けてきましたが、イサクとエサウに対する罪悪感が消えることなく、心の中には平安がありませんでした。
ヤコブはついにエサウと向き合い、自分が犯した罪を赦してもらうことで、心の重荷が取り除かれ、ようやく真の平安を得ることができたのです。
私たちも同じように、罪悪感を抱えたままでは、心が重く晴れない日々を過ごすことがあるかもしれません。嬉しいことがあっても、その喜びを素直に受け入れることができないことがあるでしょう。いつかその報いを受けるのではないかという不安が心に残るものです。
大切なのは、その罪を放置せず、神様に向き合い、罪を正直に告白し、赦しを求めることです。ヤコブのように罪と向き合い、神様にその罪を処分してもらうことで、初めて心に平安が訪れます。
神様は私たちにも同じ赦しを約束してくださっています。私たちも神様の前で、過去の罪を告白し、赦しをいただき、真の平安を手に入れましょう。そうすることで、心からの穏やかさと平和を感じることができるのです。