3:15~ からはエリ祭司がサムエルに主のことばを全て一つもれなく告げるのが預言者だということを教えました。
サムエル13才でありました。
本当のことを告げることは勇気のいることです。それは時が良くても悪くてもそうせよ!と主が言われるからです。
母、マツ先生は大正8年2月6日の生れですから、太平洋戦争を知っていますし「天皇は神ではない。人間であられます。」ということをはっきり言う、ホーリネスの教会で信仰を育て、イエス様への愛は、一本すじの通ったものでした。
お盆が来ると、子供達の一人をつれて(順番)宮崎市の実家へ帰りました。
市内にある母教会と友人、知人をたずねるためでした。牧師館をたずねて、吉間磯吉先生から祝福のお祈りをしていただき、大きなクマ手のような右手を子供達の頭において、お祈りをされました。
あったかい手のぬくもりが、伝わってきました。
この先生は、二年もの間、獄屋に拘束されていました。「神は唯、お一人です。」私たちの神は、イエス・キリストです。と聖書を語られたからでした。本当のことを伝えることが、とてもむずかしい時に勇気のいることでした。
この幼いサムエルはエリに仕えていました。
ある夜、休んでいると「サムエル、サムエル」と呼ぶ声がしました。
彼はエリに呼ばれたと思い「はーい、何かごようですか?」何度もサムエルが「よばれましたか?」と来るので、「はて、神なる主が呼んでおられる?」
「サムエルを呼んでおられるのは主だ!」とわかりました。
「こんど呼ばれたら、『主よ、お話しください。しもべは聞いております』と言うのだよ」とエリはおしえました。
13才のサムエルに、主は重大なお話をされました。それは罪の中におるエリの家へのさばきを行うというものでした。この時からサムエルは主に聞く備えができました。
親は子供を自分から離して、主に付く者とさせることが出来る日を待ちましょう。母親ハンナは乳ばなれした時から、主に子供をゆだねておりました。
つよいお母さんですね。信じておささげしたので預言者としての、サムエルが育ったのだと思います。主への信頼は「はい、私は聞きます。主よ、お話ください」と、全てを語るものとされました。
主の器としての働きは、13才であっても尊ばれるべきです。
イエス様も、宮もうでの時に「私が父の家にいることを知らなかったのですか?」と不思議なお言葉でしたね。