● ヤコブの決断
ラケルにヨセフが生れると、おそらくレアとラケルの板挟みのヤコブも少し落ち着いたのでしょうか、ヤコブは、自分の家族を守り、独立するために故郷へ帰ることを決断し、レアとラケルのお父さん、つまり、叔父さんにあたるラバンにこう言いました。
「わたしは、もう何年もあなたのところで沢山働いてきました。わたしの妻と子供達を連れて、わたしの生れた故郷へ帰らせてください」
これまでヤコブは長年にわたりラバンのもとで働き、彼の家畜を増やし、財産を築いてきました。しかし、ヤコブは自分自身の家族と将来を考え、故郷での生活を再開したいと望んでいました。
● ラバンとの交渉
ラバンとしては、最初は少なかった自分の家畜がヤコブのおかげでたくさん増えました。
自分の財産を増やしてくれるヤコブを、ラバンは手放したくはありませんでした。
「そんなことを言わずに、ずっとここにいてください。報酬にあなたの欲しいものをあげましょう」
おそらくヤコブはがっかりたことでしょう。ヨセフが生れた事がきっかけで自分の家族を故郷へ連れて戻り、独立したいと望んでいました。
今までラバンのために14年以上働いてきたのに、まだラバンの為に働かなければいけないのかと落胆しました。
「いままでありがとう、ほんとうによく頑張ってくれたね、安心して自分の故郷へ帰りなさい」
ほんとうはそう言って欲しかったのでしょう、ヤコブはどうしても自分のところに引き留めたいラバンにこう言いました。
「わかりました、もしあなたがこれをしてくれるなら、あなたのために働きましょう」
そして、次のものを下さいとお願いしました。
- ブチの羊
- まだらの羊
- 黒い羊
- ブチのヤギ
- まだらのヤギ
ヤコブは、ブチやまだら模様の羊やヤギを下さいと言いました。
もし、模様や色のついていない羊やヤギが、ヤコブの家畜の群れにいたら、それはラバンから盗んだ事になるとすぐ見分けがつきますし、とてもわかりやすいので、公平な条件でした。
また、ヤコブは神様の祝福を信じていました。だから、不正なことをせず、公平な条件をラバンに示しました。
「よしわかった、その条件でいいでしょう、また頑張ってわたしの所で働いてください」
こうして、ヤコブはまたラバンのもとで働くことになりました。
14年以上も働いてきたのに、これからまた何年ここで働くんだろう、いつになったら故郷に帰れるんだろう、ヤコブはいつ終わるかわからない、ここでの生活に辛い気持ちを感じたことでしょう。
この状況は、ヤコブの信仰が試される時でもありました。ラバンの引き留めに対して一時的に落胆したかもしれませんが、ヤコブは最終的には神様の導きを信じて、自分の道を進む事を決意しました。
わたしのお母さんはこの教会の牧師ですが、農家もやっています。うちで採れるのは栗です。
今ちょうど、栗の収穫の時期がきてますが、雨が全然降らないので栗の出来がよくありません。
「神様、どうか日之影に恵みの雨を降らせてください」
毎日のように祈り続けていますが、何故か、雨雲は日之影を避けて全然雨が降りません。
この間は隣町の高千穂に雨が降りましたが、日之影には全然雨が降ってきませんでした。
わたしはお母さんと「きっとこれも神様からの試練じゃないかな、必用を満たしてくれる神様を信じて、真面目に働きつづけるのが一番だね」と、そんなお話をしてました。
家の経済や生活に影響のある大きな問題ですが、慌てず忍耐しながら神様に祈りつづけ、神様を信じてまつ事が求められているのだと思います。
● ヤコブの家畜
ヤコブはこうして6年間、ラバンのところで働きました。
ところで、ラバンは、ヤコブが報酬として要求したブチとまだらのヤギと羊を、ラバンの子供に与え、ヤコブには残ったヤギと羊の世話をさせるようにしました。
ラバンは、ヤコブの要求に応えたフリをして、ヤコブの報酬が少なくなるようにズルをしました。
ヤコブが世話をする群れは白や茶色のヤギや羊ばかり、そこからブチとまだらの子供は、色や模様を決定する遺伝子の関係で生まれる確率はとても低く、ヤコブが自分の報酬をもらえる事はほぼありませんでした。
財産ゼロのところからのスタートでしたが、ヤコブはあきらめませんでした。白や茶色のヤギの中からブチやまだらの子供が生まれれば、それはヤコブのものとなります。
ヤコブはポプラ、アーモンド、すずかけの木の枝を削って白い模様を作り、それをヤコブの家畜の水飲み場に置いておきました。
ヤコブの家畜の群れが、水を飲むときに、その木の枝を見ると、ブチやまだら模様の子供を産みました。
さらに工夫をして、強い羊やヤギにはその木の枝が見えるようにすることで、どんどんヤコブの家畜の群れは強くなっていきました。
当時は、家畜が妊娠期間中に見た色や模様が子供に影響すると信じられていたようですが、科学的な根拠はありません。
だから、本当は模様のある木の枝を見せてもブチやまだらの子供が生れるということはなかったんですね。
ここに神様の介入がありました。
ヤコブは自分の工夫でブチやまだらの子供が生れるようにしたつもりでしたが、神様がヤコブを祝福し、そのようにして下さいました。
こうして、ヤコブはとても豊かになっていきました。
● 神様の祝福
ヤコブはこうして豊かになっていきましたが、これは神様が努力を見て報いてくださったのでしょうか。もちろん、ヤコブの頑張りも大切ですが、神様の計画は人間の思いとは異なります。
イザヤ書55章8-9節に「わたしの思いはあなたがたの思いと異なり、わたしの道はあなたがたの道と異なる」とありますように、神様の道は私たちには計り知れないものです。
ヨブ記では、ヨブが「主が与え、主が取られる」と述べています。これは、私たちの行いや努力に関わらず、神様の計画が私たちの人生においてどのように展開するかを受け入れる姿勢を示しています。
しかし、私たちが知っておくべきことは、神様は私たちを決して見捨てることなく、いつも共にいてくださるということです。ローマ8章28節には「神を愛する者たちには、すべてのことがともに働いて益となる」とあります。どんなに厳しい状況であっても、神様は私たちを益へと導いてくださるのです。
だからこそ、私たちはどんな状況にあっても、神様を信じ、祈り続けましょう。ピリピ4章6-7節にあるように、「何事も思い煩わないで、感謝をもって祈り、そうすれば、神の平安があなたがたの心を守る」とあります。神様に全てを委ねるとき、私たちの心には神様の平安が訪れます。
神様の愛と祝福を信じ続け、日々の生活の中でその導きに従っていきましょう。