今週のところから後は、実践篇とも言うべきクリスチャンの実際生活についての勧めです。今日の個所では、パウロは、まず「そういうわけですから」とこれまで述べてきた神の恵みの教えを動機とし、「神のあわれみ」に基づいて、自分のからだを神にささげることを勧めます。それから、私たちには神の恵みによってひとりひとり異なった賜物が与えられていることを教え、信仰に応じてその賜物を用いて主と人々に仕えるべきことを示します。それから、兄弟姉妹の交わりを深め、育て上げていくために必要な心得を具体的に教え勧めます。

パウロの実践的な勧めが「そういうわけですから」と、それまでの神様の恵みと救いについての教えに基づいていることに注意しましょう。私たちは何が善いことであるかを知らないわけではありません。それをする力がないのです。善をする力は神さまから来ます。神さまがどんなに私たちを愛し恵みを与えてくださったかを私たちが知るとき、神さまの恵みに答えて全をする力が与えられるのです。

しかもパウロは、善をすることを命令するのではなく、「神のあわれみのゆえにあなたがたにお願いします。」と言っています。人は自発的にはじめたことは一生懸命やりますが、命令されたり、強制されたりすることは本気になってやりません。パウロはそのことをよく知っていて、命令ではなく、私たちが自発的に献身し善を行うように勧めたのです。

善行の基礎は自分のからだを神さまに捧げることです。自分が主体になって神さまから教えられた善いことをしようと思っているうちは本当に善を行うことはできません。自分を神さまに捧げ切って神さまに自分を支配していただき、正しい道に導いていただくのでなければ本当に善い行いをすることはできません。この世に調子を合わせず、この世から自分を絶ち切って自分を神さまに捧げ、心を新たにされ、自分を変えていただいてはじめて、何が良いことで神に受け入れられ完全であるかを知ることができるのです。

私たちはみんなキリストにあって一つです。お互いは互いに器官なのですから、ひとを建て上げることが大切です。私たちひとりひとりに恵みによってそれぞれ異なった賜物が与えられていることを信仰をもって認め、愛をもってそれを兄弟を建て上げ生かすことに用いましょう。兄弟を建て上げキリストのからだを建て上げることが自分自身をも生かすことになるのです。