● 聖書について
聖書はたくさんの書物が1冊にまとめられたもので、大きく分けて、旧約聖書と新約聖書の2つに分かれています。

そして、旧約聖書と新約聖書もさらに細かく分かれていて、旧約聖書は39巻、新約聖書は27巻の書物から成り立っています。

【旧約聖書】
世界の創造から始まり、イスラエルの民の歴史、法律、詩、預言などが記録されています。神が人類やイスラエルの民とどのように関わってきたかを描いています。

【新約聖書】
イエス・キリストの生涯と教え、初期のキリスト教徒の活動、パウロなどの使徒が書いた手紙、そして未来の出来事についての預言が含まれています。特に、イエス・キリストが神の子として来臨し、人々を救うために活動したことが中心テーマです。

聖書は以下のような多様な内容が含まれています

【歴史書】
世界の創造やイスラエルの民の歴史的出来事が記録されています。

【詩篇と知恵文学】
ダビデ王やソロモン王が書いた詩や格言が含まれ、神への賛美や人生の教訓が描かれています。

【預言書】
神からのメッセージを預言者たちが受け取り、未来の出来事や神の意図を伝えています。

【福音書と書簡】
イエス・キリストの生涯、教え、奇跡について記述され、使徒たちが初期のキリスト教徒たちに宛てた手紙が含まれています。

【黙示録】
終末についての預言が書かれており、未来に起こる出来事についての神の啓示が描かれています。

聖書は、神の存在や教え、人間の生き方についての深い洞察を提供し、信仰と生活の指針となる書物です。

● 聖書に登場する有名な人物
聖書の中には数えきれないほどの多くの人物が登場しますが、有名な人々もいます。今日はじめて教会に来られた方でも知っている人がいるかもしれません。

何人か聖書に登場する有名な人達を紹介したいと思います。

【アダムとエバ】
まず最初にアダムとエバ、多分有名ですよね。世界で最初に現れた人間です。アダムは土から形作られ、神様に命を吹き込まれて生まれました。エバは、神様の手によってアダムの骨から作られました。また、世界で初めて罪を犯した人たちでもあります。今、地球上にいる全ての人たちは、みんなこのアダムとエバから生まれました。

【ノア】
ノアは「ノアの箱舟」で有名ですね。名前を知っている人は多いと思います。アダムとエバの時代から何百年もたち、人々は繁栄しましたが、神様の前に罪を犯す人が多すぎたため、神様は洪水で全世界の人たちを滅ぼすことにしました。その時、神様は唯一、神様を敬い共に歩む人だったノアとその家族だけを洪水から救いました。ノアは神様の命令に従い、大きな箱舟を作り、ノアの家族と多くの動物を箱舟に乗せ、神様の裁きから逃れました。

【アブラハム、イサク、ヤコブ】
この3人は一般の人たちにはあまり有名ではないかもしれませんが、聖書の中ではとても重要な人物です。アブラハムはイサクのお父さん、イサクはヤコブのお父さん、ヤコブは神様によってイスラエルと呼ばれ、12人の息子が12の部族となり、現代もその一部の部族は残っています。ヤコブはイスラエルのルーツになる重要な人物であり、アブラハム、イサク、ヤコブ共に神様から大きな祝福を受けました。

【モーセ】
モーセは映画にもなったので、聖書の中でものすごく有名です。海を割るシーンが思い浮かぶ人も多いでしょう。モーセの生涯は生まれた時から大変でした。イスラエルの人口が増え、力をつけていくことを恐れたエジプトの王様は、イスラエル人を奴隷として弱らせようとしましたが効果がなく、生まれたばかりの男の子を殺すよう命令しました。モーセはその時に生まれましたが、お母さんはカゴに入れて川に流しました。エジプトの王様の娘に拾われて育ちました。モーセは神様の啓示に従い、奴隷とされていたイスラエル人をエジプトから救い出すことになります。様々な神様の奇跡を行い、最後はイスラエル人をエジプトから連れ出しました。これらの奇跡は旧約聖書の「出エジプト記」に書かれていますので、ぜひ読んでみてください。

【イエス様】
キリスト教の主役といえば、イエス・キリスト、イエス様ですね。イエス様と言えば、十字架にかけられた姿が有名です。イエス様は、旧約聖書の中で救い主として生まれることが予言されていました。一番古い予言は「創世記」にあります。アダムとエバが罪を犯したときに、すでに神様の中でイエス様をこの世に送り出すことが触れられています。

イエス様は様々な場所で神様の教えを説き、病気の人たちを神様の奇跡で癒されました。イエス様は神の国についての教えを広め、多くの人々から支持されるようになりました。しかし、ユダヤ教の宗教指導者たちや権威者たちからは、彼らの権威を脅かす存在として見られ、最終的に捕えられ、十字架にかけられて処刑されることになりました。

イエス様が十字架に掛かって処刑されることは、神様の計画でした。

聖書の中では、罪を犯すとその罪の償いのための生贄が必要でした。しかし、それは完全ではないため、罪を犯す度に生贄が必要でした。 また、わたしたちは、生まれた時から神様に罪と定められているため、完全な生贄が必要でした。

神様は、わたしたちの罪を赦されるため、唯一の完全な生贄として、神様の子供であるイエス様をこの世に送り出してくださいました。

イエス様は、十字架に掛かり処刑された後、3日目に蘇られ、今も生きておられます。

イエス様はいつでもわたしたちの事を見ていてくださり、イエス様のお名前においてお祈りをすれば神様にそのお祈りを聞いていただくことができます。

わたしたちは、日々の生活を見守っていてくださり、日々必要なものを備えていてくださる神様に感謝をしながら生活をしていく必要があります。

● お祈りについて
聖書は、神様にわたしたちの気持ちや感謝、お願いを伝えたりして、神様とコミュニケーションをとることがとても大切だよと教えてくれます。

それが、お祈りです。

わたしの婆ちゃんは城尾マツで、この教会の初代牧師でした。

そんなお婆ちゃんの、神様に聞いてもらえる正しいお祈りの仕方をご紹介します。

天の父なる神様に、イエス様のお名前によってお祈りをする。これが正しいお祈りです。

お手紙と同じで、「天の父なる神様」が宛名で、「イエス様のお名前によってお祈りします」が切手になります。

宛名があって、切手が貼ってあれば、手紙が届くのと同じです。

この方法でお祈りをすれば、神様は聞いてくださいます、とっても簡単なので、みなさんも神様にお話ししたいことがあったら是非やってみてください。

● 聖書の教え
聖書の中では、神様の教えを守り、謙虚であることなど、いろいろなことを教えられます。

この世界全ては神様が創られたものであり、人が自分自身の意思で自由にすることはできません。

人生はなかなかうまくいかず、畑を耕して作物を育てても害獣や害鳥に荒らされたり、雨が降らなかったり、日照りが続いたり。

人自身の手でなんとかしようと頑張っても必ずどこかで限界がきてどうしようもない事も本当に沢山あります。

人は、自分の力で生きていける。と思い上がってはいけないと聖書は色々なところで教えてくれます。

では、どうしたらよいのでしょう?

わたしたちは、神様にお祈りをして、神様を頼って、そして、神様に感謝して生きていくことが必要なんです。

とても単純なことですが、とても難しいことです。

聖書を勉強していると、いろいろと、聖書にはやってはいけないことも沢山書かれています。

一言で言えば、罪を犯すことなく清く正しく生きていくことが求められています。

でも、この世の中、普通に当たり前のことですよね。

聖書に書かれている神様の教えは、世の中の一般的な罪を犯してはいけないということよりもさらに高度なことが書かれています。

悪いことを心に思ったら、それはもう、実際に悪いことをしたのと同じなんです。

わたしたちは罪に定められて生きている者たちですから、悪い気持ちをひとつも心に思わず生きるのは、それはそれはとても難しいことです。

ついつい、人が羨ましくなったり、妬んだり、恨んだり、あぁ、完璧なんて無理です、どうしたらいいんでしょう?

わたしたちは聖書を読んで聖書の教えを学び、神様の心を学び、そして、忍耐と謙虚の心を身に着けて悪い心から離れる努力が必要です。

神様はわたしたちを愛してくださいますが、正しい人になれるよう、神様はわたしたちに様々な試練をお与えになります。

人によっては職場の人間関係かもしれません、家庭環境かもしれません、経済的なことかもしれませんし、辛く苦しい病気や怪我かもしれません。

それらの試練を乗り越えて、わたしたちは聖書の教えを身に着けていくことを神様から求められています。

そして、自分の中に赦せない人がいたら、その人を赦してあげないといけません。

これもとても難しいことです、酷いことをされた、いじわるされた、バカにされた、この人だけは許せない、そんな人でも赦してあげないといけません。

そうでないと、わたしの犯した罪も許されることはなく、神様から罰を与えられます。

ただ赦して、その人に対する悪い想いは全て捨て去らないといけません。とても難しいことです。

神様は、厳しい方でもあります。それでも、神様はわたしたちを愛してくださっているので、忍耐強く、わたしたちが正しい人になるのを待っていてくださいます。

わたしには、ものすごく嫌いな人がいました。視界に入るだけでも嫌な気持ちになりました。その人のことを考える時は決まって悪い考えで心が埋め尽くされてしまいました。そんな気持ちを持つのは悪いことだとわかっていても、止まりません。神様、これホントにどうしたらいいんでしょう?

神様は、ほんとうに厳しい人なので、許せないと思っている人を赦してくれるまで、わたしの事を許してくれません。

人の心は、人の力ではどうにもできません。たとえ自分の心であっても人の力で変えていくなんてことはどうしても無理なんですね。

でも、それを変えていく唯一の方法は、神様にお祈りをして、自分の心から悪い気持ちを追い出してもらえるようお願いすることです。

人の心は弱いですから、お祈りをして心が穏やかになってもまた悪い心に支配されます。

人の心の弱いところへはサタンがやってきて、唆してきます。

「あんなやつ、酷い目に会えば気分がいいだろ」

人を人とも思わないような気持へと誘導し、神様から離れて悪い心をもたせようと何度もサタンがわたしたちにささやいてきます。

サタンに勝つことができるのは、神様だけです。わたしたちは自分の力で解決しようとせず、神様にお願いして、神様に助けてもらうようお祈りをしないといけません。

人を変える力をもっているのは、神様だけです。