● 前回までのあらすじ
先々週のお話しでは、ヤコブが兄エサウの憎しみを買い、母リベカの助けを借りて逃げることになりました。母はエサウの怒りが冷めるまで隠れるように言い、父イサクからは故郷パダンアラムの親戚から妻を娶るようにと指示され、旅に出ました。
その旅の途中、ヤコブは夢の中で天へ続く階段を見、神様に出会ってそこをベテルと名付けました。
● 今週のお話し
今週のお話しは、ヤコブが目的地に着き、ラケルと出会う話になります。
● ヤコブと羊飼い
目的地近くに到着したころ、ヤコブは井戸の周りに羊を集めて休ませている羊飼いたちを見つけました。羊飼いたちのそばには井戸があり、井戸の上には大きな石がありました。羊飼いたちは井戸の水を利用するために順番を待っており、すべての羊が集まるまで待っていました。
ヤコブは羊飼いたちに、親戚のラバンについて尋ねました。羊飼いたちは「ラバンのことを知っているよ。ちょうど今、ラバンの娘ラケルが羊を連れてくるよ」と教えてくれました。これを聞いて、ヤコブは一安心しました。
それはそうと、ヤコブは羊飼いたちが羊を集めて休ませているのを見て、彼らが仕事を終える準備をしていると誤解し、こう言いました。「まだ真昼間なのに、羊を集めて仕事を終わらせる準備をしているのかい?まだ早いんじゃないか?まずは羊に水を飲ませてから、再び放牧させなきゃ。」
すると羊飼いたちは答えました。「いやいや、今まさに羊に水を飲ませようとしているんだ。全ての羊を集めてから、皆で協力して井戸の蓋の石を動かして、それから羊に水を飲ませることになっているんだ。」
どうやらこれは、ヤコブの勘違いだったようです。羊飼いたちは仕事を終わらせる準備をしていたのではなく、水を飲ませるために羊を集めていたのです。
● ラケルとの出会い
そんなこんなで、ヤコブが羊飼いたちと話していると、羊飼いたちの言っていたラケルという女の人が羊たちを連れてやってきました。ラケルは美しくて愛らしい人でした。ヤコブはラケルを見て一目ぼれしてしまいました。
そして、ヤコブは井戸の上の大きな石を一人で動かし、ラケルの連れてきた羊たちに水を飲ませてあげました。これには横で見ていた羊飼いたちも驚きました。井戸の上に大きな石を置くのは、井戸の水を保護するためで、動物やゴミが入らないようにするためでした。また、この石を動かすには力が必要で、通常は何人かで協力して石をどけたり戻したりして井戸を使っていました。
ヤコブはラケルを見て特別な思いを持ち、ものすごい力を発揮したのかもしれませんね。そして、ヤコブはラケルに口づけをして、声をあげて泣きました。無事に目的地に到着して安心したのでしょう。
口づけというと、キスですね!現代人の考え方からすると、いきなり見知らぬ人にキスをされるのは問題になりかねませんが、古代中東では親族間でのキスは自然な行動で、親しい間柄や尊敬を表す一般的な挨拶でした。
そして、ヤコブはラケルに自分が親戚、つまりラケルの父ラバンの妹リベカの子であると伝えました。
● あなたはわたしの骨肉です
ラケルは父ラバンに「いとこのヤコブが来た」と伝えるために家に走って帰りました。ラバンはすぐに迎えに行き、ヤコブに「よく来たね!」と言って親族としての再会を喜び、ヤコブを抱きしめて口づけをしました。
ラバンの家に迎え入れられたヤコブは、積もる話もあったのでしょう、多くのことをラバンに話しました。そして、ラバンはヤコブに言いました。「あなたはほんとうにわたしの骨肉です。」
ヘブライ語の「私の骨と肉」という表現は非常に近しい血縁関係を示します。ラバンはヤコブが自分の近親者であることを認め、彼を家族として迎え入れる意志を示したのです。要するに、ラバンが「あなたはほんとうにわたしの骨肉です」と言ったことで、ヤコブは単なる訪問者や客人ではなく、ラバンの家族の一員として受け入れられたことを示しています。この言葉は、ヤコブがラバンの家で歓迎され、保護されることを意味し、今後のヤコブの生活と物語の展開において重要な役割を果たします。
● 報酬とプロポーズ
ヤコブが来てから一ヶ月経ちました。ヤコブはラバンの仕事を手伝い、それはそれはとても良い働きでした。古代のヘブライ社会において、親族間での労働は助け合いの一環として行われることが多いのですが、ラバンはヤコブの働きを見て、何か報酬を支払うべきだと考えました。
ラバンはヤコブに言いました。「ヤコブ、あなたが私の親族だからといって、ただで働くのはよくない。何か欲しいものはないですか?」
ヤコブはラバンに言いました。「あなたの娘ラケルをお嫁さんにください。私はそのために7年間あなたのために働きます。」
● レアとラケル
ラバンには二人の娘がいました。姉はレア、妹はラケルです。聖書には「レアは目が弱かったが、ラケルは美しくて愛らしかった」と書かれています。レアの目が弱いとは、優しい目をしている、視力が弱い、目力がない、魅力的な外見でないなど、さまざまな解釈が可能です。現代風に言えば、ラケルがはっきりとした美しい顔立ちであるのに対し、レアは地味な顔立ちだったのかもしれません。
ヤコブはここで、自分の好みに基づいてラケルを選びました。もし彼が神の導きに従って妻を選んでいたら、その後の人生はまた違ったものになったかもしれません。
● 2人のお嫁さん
ラバンはヤコブのお願いを聞いて言いました。「うちの大事な娘をよそにやるより、親戚のヤコブにやった方が良い。それじゃ7年間頼んだよ。」
7年間はとても長い時間です。小学校に入学してから卒業して、中学二年生になるまでと考えると気が遠くなりそうですが、ヤコブはラケルを愛していたので、7年間はあっという間に過ぎました。
7年後、ヤコブはラバンに言いました。「7年間、あなたのために仕事をがんばりました。約束通りラケルをお嫁さんにください。」
ラバンは言いました。「いいだろう、さっそくお祝いの準備をしようじゃないか。」
ラバンは多くの人を集めてお祝いを始めました。夕暮れになり、お祝いが終わり、ヤコブはラバンの娘と結婚しました。しかし、翌朝になってヤコブが自分の妻を見ると、そこにいたのはラケルではなく、レアでした。
ヤコブはラバンに騙され、ラケルではなくレアと結婚していたのです。ヤコブはラバンに抗議しましたが、ラバンは「ここの風習では、姉より先に妹を嫁に出すことはしないんだ、納得してくれ」と言いました。そして、「まずレアと1週間過ごしなさい。その後でラケルもあなたの妻にしよう。ただし、もう7年間私のために働いてもらうよ。」
こうしてヤコブはレアとラケルと結婚し、さらに7年間ラバンのために働くことになりました。兄エサウを騙して長子の特権を奪い、父イサクを騙して祝福を奪ったヤコブでしたが、ここでラバンに騙されることになったのです。
● レアの悩み
31節には「主はレアが嫌われるのを見て、その胎を開かれたが、ラケルは不妊であった」とあります。「嫌われる」という言葉は「愛されていない」または「軽んじられている」というニュアンスを含みます。この表現は、レアがヤコブから十分な愛情を受けていないことを示しています。
「胎を開かれた」とは、神がレアに子供を授けたことを意味します。レアが愛されていないのを見た神が、彼女に子供を授けたことは、神の恩寵を示しています。これは聖書全体を通して繰り返されるテーマであり、社会的に弱い立場にある人々への神の特別な配慮を示しています。
● ラケルの悩み
ラケルは不妊であり、子供を持てないことで苦しんでいました。聖書には、不妊の女性が神の介入によって子供を授かるというテーマが繰り返し登場します。アブラハムの妻サラ、イサクの妻リベカ、そしてヤコブの妻ラケルはすべて不妊の期間を経験し、その後神の介入によって子供を授かりました。
これらの物語は、神が人々の苦しみや祈りに応える存在であることを強調しています。不妊という状況を通じて、信仰と神の力が試されています。
● ルベン
神は愛されていないレアのために、子供を授けられました。レアは1人目の男の子を産み、その子をルベンと名付けました。ルベンという名前は「見よ、息子だ」という意味のヘブライ語に由来します。
レアは、神が彼女の苦しみと孤独を見てくれたことを感謝し、息子の誕生を「主がわたしの悩みをご覧になったからです」と説明しています。この名前は、彼女の感謝と希望、そして神の介入を示しています。ルベンの誕生は、レアにとって神の恵みの象徴であり、ヤコブの愛を得るための希望でもありました。
● シメオン
レアはヤコブに男の子を産みましたが、ヤコブの心はレアには向きませんでした。そこで神は再びレアに子供を与え、彼女はその子をシメオンと名付けました。シメオンという名前は「聞く」という意味のヘブライ語に由来します。これは「聞かれた」という意味であり、神がレアの苦しみの声を聞いて彼女に子供を授けたことを示しています。
レアは、シメオンの誕生を通じて、神が彼女の苦しみを見て聞いてくださったと信じました。そして、シメオンの誕生がヤコブとの関係を改善し、彼女がもっと愛されることを期待していました。
● レビ
レアはヤコブに2人の男の子を産みましたが、ヤコブとの関係は改善しませんでした。そこで神は再びレアに子供を与え、彼女はその子をレビと名付けました。レビという名前は「結びつく」や「付く」という意味のヘブライ語に由来します。
レアは、この名前に込めた意味を「今度こそ夫は私と結びつくでしょう。この子を産んだからです」と説明しています。レアは、レビの誕生を通じて、ヤコブが彼女に愛情を持ち、彼女と強く結びつくことを期待しました。
● ユダ
レアはヤコブに3人の男の子を産みましたが、ヤコブの愛情を得ることはできませんでした。神は再びレアに子供を与え、彼女はその子をユダと名付けました。ユダという名前は「賛美する」という意味のヘブライ語に由来します。
レアは、この名前に込めた意味を「今度は主をほめたたえます」と説明しています。
● 主をほめたたえます
レアがユダの誕生に際して「主をほめたたえます」と言ったことから、彼女の焦点がヤコブの愛情を得ることから神の賛美へと移り変わっていったことが分かります。レアは神の恵みによって次々と男の子を与えられましたが、最初はヤコブに愛されることを望んでいました。しかし、4人目のユダが生まれた時、レアの心はヤコブから神へと向かい、神をほめたたえるようになりました。
私たちの心には自己中心的な考えがありますが、神はそんな私たちの信仰を引き上げ、神に目を向けて生きていけるよう導いてくださいます。そのことに思いを巡らせ、心が常に神の方を向いていけるように進んでいきたいと思います。
● 最後に
このあと、レアとラケルの正妻をめぐる争い、お互い子供が何人できるかの戦いが始まりますが、そのお話はまた次回にしたいと思います。次回もお聞きいただければ幸いです。