エルサレムからパリサイ人と律法学者が来て、イエス様の弟子たちのうちに手を洗わずに食事をしている者があるのを見て、「なぜ先祖たちの云い伝えを守らないのか。」と詰問しました。
イエス様は逆に、彼らが人間の教えに従うことによってかえって神の戒めをないがしろにしていることを責められました。そして、外から人間の中に入る食物が人を汚すことはなく、人の心の中から汚れたものが出てきて人を汚すのだと語られました。
その後イエス様は、ツロの地方で、退けられても侮辱されても謙虚に熱心に娘の病のいやしを願う女の娘をいやされ、再びガリラヤに帰ってこられたとき、耳が聞こえず、口もきけない人をいやされました。
今日の個所でまず気がつくことは、人間の心の頑なさです。神様はご自分の聖さを覚えさせるために、イスラエルの人々に聖さを保つべきいろいろな戒めを与えられました。
しかし、イスラエルの人々は、神様の聖さを覚えるよりも、自分たちを誇るためにいろいろな云い伝えを作ってそれを守っていることを誇り、反面、自分の都合の悪いことがあると、主の律法のきびしい適用を免れる便法を考えだしました。
イエス様は、このような人間の営みを退け、人間の云い伝えによって神様の御言を空文化するものだときびしくさばかれました。
人間の心が頑なになり、悪と汚れを吐き出してくるのは、人間が罪にとらえられてしまっているからです。
罪から解放されないかぎり人間の心はやわらかくなりませんし、きよくなれません。イエス様だけがその罪から人を解放してくださいます