6章では人が地上にふえた時、神の子らが人の娘の美しさを見て好きな者を選んで妻としたので、主が嘆かれた事が記されています。

諸説ありますが神の子らはセツの子孫、人の娘らをカインの子孫とみます。そうするとここで言われているのは信仰者が不信者と結婚したことです。それも単なる結婚ではなく、美しさに惹かれて自分の好みのものを選んだというのですから、信仰者が不信者の世界に吸収されたのです。

信仰者は不信者よりも強いものではないということです。信仰者とは罪の力に対する勝利者ではなく、反対に自分が罪の力に弱い事を認め、勝利者である主に縋りついている者です。

ノアは「その時代にあっても神とともに歩んだ」と記されています。それで人間の常識をはるかに超えた主のご命令に従うことが出来たのです。時代の風潮に従わず主を仰いで生きるという生活があって、箱舟建造の業が起こったのです。

まず神とともに歩むものとされるべきです。

ノアは主の心にかなっていました。ノアは正しい人で、暴虐の満ち満ちていたその時代にあっても全き人でした。それは、彼が神とともに歩んだからです。

私達の時代も神を無視し、自分の欲望のために生きる時代です。この時代にあって全き人として歩む道はただ一つ、御言に聴き従い、主とともに歩むことです。御言聴従に励みましょう。