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ヨハネの第一の手紙5章「教訓を聞いて、知恵を得よ」

招詞 箴言9章10~11節

主を恐れることから知恵ははじまり、聖い神を知ることが英知である。

主による人生は充実した人生であり、それは主が与えてくださるのである。

聖書 ヨハネの第一の手紙5章1~2節

だれでもイエスがキリスト(メシヤ)であることを信じる人は、神によって生まれ変わった者である。

教訓を聞いて、知恵を得よ

「わたしはすでに生まれていた。すなわち神がまだ地をも野をも地のちりのもとをも造られなかった時に。」箴言8章25~26節

「ただ一人、野原を歩いている時でも、神様は私の力です、つえです。」

子供の頃、小崎の家に訪問してくださったのを、今でもおぼえています。

一度だけでなく、両親も、公民館や広場で日曜ごとに紙芝居を見せてメッセージしていて歌いました。

私も妹も一緒に行ったと思います。

小学校に上がる前だったでしょうか。

なつかしい思いと、つらくきびしかった思いが重なります。

どんなにつらい時でも笑顔の母を思い出します。

いじめを受けても母になぐさめられ、祈ってもらうと元気になりました。

箴言の中に、父なる神様と共にわたしはいた、父のかたわらにいた。と書いてあります。

あきらかに、イエスさまの事だなとわかります。

箴言8章22~31節

主は、その御業をなし始められた時から、いや、その御業をなされる前からわたしをかたわらに置いておられた。(22節)

わたしは、永遠から立てられ、この世界の初めから、いや、その前から立てられていた。(23節)

まだ海もなく、水のみなぎる泉も無かった時、わたしはすでに生まれていた。

山や丘がまだできなかった時、わたしはすでに生まれていた。

それは、主がまだ地も野原も地のちりも造られなかった時である。

主が天をそこに置き、深淵の面を水平にされ、高い所に雲を置き、深淵の源を堅く定め、海に境界を与え、水が岸を越えないようにし、地の基を定められた時、わたしはそこにいた。

わたしは主のかたわらで、それらを造り、毎日これを喜び、いつも御前で楽しみ、全世界を楽しみ、人類を喜んだ。(現代訳)

イエス様は、御父とともに造られたこの大地、ユダヤの地に人として生まれてくださいました。

しかも、救い主メシヤとして来てくださいました。

そのことを人々は信じることができませんでしたけれど、十二名のお弟子さんと、イエス様から罪ゆるされた人、証人とされた人々によって、現代の私たちにまでこの救いはとどけられました。

イエス・キリストは神の一人子なる救い主、永遠の命です。

「わたしはすでに生まれていた」

と箴言は教えています。

今も生きて働いておられる主に心からの賛美を申し上げます。