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招詞:創世記18章13~14節
「主にとって不可能なことがありましょうか」——創世記でサラに語られたこの言葉は、時を超えてマリヤにも告げられました。「神には、なんでもできないことはありません」と。
ナザレに住む若い娘マリヤは、祭司の家庭に育ちました。おばのエリサベツはアロン家の祭司の娘であり、その夫ザカリヤは神殿で香をたく務めを果たす祭司でした。マリヤは幼い頃から、神の御業と約束について聞いて育ったことでしょう。
御使いガブリエルが「恵まれた女よ、おめでとう」と告げたとき、マリヤはひどく胸騒ぎがして、この挨拶は何のことだろうかと思いめぐらしました。そして処女のままみごもるという、人間の理解を超えた告知を受けます。
マリヤは戸惑いながらも倒れることなく、しっかりと御使いの前に立ち続けました。そして「どうしてそのようなことがあり得ましょうか」と正面から問いかけます。御使いは答えました。「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。神には、なんでもできないことはありません」
マリヤの応答は「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」でした。神の言葉を真正面から受け止め、自らを主に委ねたのです。
通常の理性は「処女降誕でなければキリストを受け入れる」と言います。しかし信仰上の理性は「もし処女降誕でなければ、イエス・キリストを神の子、救い主と信じることはできない」と告白します。神の御子が人となられるためには、聖霊による奇跡的な誕生が必要だったのです。
マリヤのように神の恵みを真正面から受け止め、このクリスマスを深く味わいましょう。
城尾マコト牧師