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神様の御座は愛なる神様がおられる奥まった所にあり、おりにかなった助けや祝福がそこから来ます。罪があれば神様に近づくことはできませんが、神様は私たちと神様との壁である罪を取り除くために、イエス様が私たちの罪咎を背負って十字架につけられ、死んでくださいました。

永遠のいけにえをささげてくださったのは、永遠に私たちの罪を全うするためです。私たちの過去、現在、未来のすべての罪がすでに、すでに赦されています。過去と先祖代々からきた罪は十字架でイエス様が全部処分してくださり、イエス様の脇腹から出た水で私たちの罪を赦してくださいました。私たちが意識的にも無意識的にも犯す罪を全部流してくださいます。私たちは成功したり、大きくなったりすると、高慢な誇りをいつも持っています。それを洗い清め、いつも主を頼るように導いてくださいます。

聖霊様のあかしを受けると罪が永遠に赦されたということがはっきりわかり、罪の赦しを強く信じるようになります。「わたしは、わたしの律法を彼らの心に置き、彼らの思いに書きつける」これは、ただ単なる頭の知識ではなく、私たちの心の中に信仰として与えるという意味です。神様の御言葉を信じる信仰が、私たちの心の中に与えられるのです。

イエス・キリストが身体を引き裂いて血潮を流してくださったことにより、私たちが至聖所に入ることができるようになりました。この新しい生ける道は、神様の御座に行く道です。神様の御座には契約の箱があり、そこに血潮が流され、契約の箱の中に入っているすべてのものは、私たちの約束です。イエス・キリストのいのちは私のいのち、イエス・キリストのよみがえりは私のよみがえり、イエス・キリストの義は私の義であります。

神様の御座で神様の御顔を拝見し、御声を聞きます。「あなたは私の愛する子、私はあなたを喜ぶ」この御言葉によって、私たちはこの世に勝利することができます。「天にまします我らの父よ。願わくは御名をあがめさせたまえ」と、このように主を愛する祈りをし、また、「我らに日用の糧を与えたまえ。我らの罪をも赦したまえ」とこのように隣人を愛する祈りをします。国と力と栄えとは、すべての神様にあるのです。すべての栄光を主にかえすための祈りです。神様の御座に近づいて、はばかることなく、大胆にすべての祝福をいただきましょう。

城尾マコト牧師