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招詞:詩篇108篇4~6節
あなたの愛は大きく、それは天よりも高く、あなたの真実は空のかなたにまで及びます。

聖書:コリント人への第二の手紙4章5~7節
私たちが宣べ伝えているのは自分自身のことではなく、主であるイエス・キリストである。

私達の日常生活はさほど大きく変わることはありませんが、ひとたび「どうして?」と思われることがあると、心までもが萎えてしまうものです。このように、土で造られた私達は、本当に頼るべき主を忘れることがありませんように、主を心にきざみつけておきましょう。

「わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れた偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。」(4章7節)

この手紙は「あなたがたが、私は弱い」と思う時に、一緒にいて助けてくださる方が、偉大な力のもち主であることを忘れないでください、とパウロが信仰の友となったコリントの人々に書き送ったものです。

聖書の「みことば」は今、読んで信じる私たちのものとなります。主が2000年前、歩まれたユダヤの大地も、父なる神様の創造の中で造られた所でもあります。

6節では、神が私たちの心を本当の光によって照らし、キリストの御顔にある栄光の知識を理解させてくださったと語られています。

8節から9節では、私たちは四方八方から苦しみを受けても押しつぶされはしない、途方に暮れることがあっても絶望してしまうことはない、迫害されても神は決して見捨てられない、倒されても打ちのめされはしない、と記されています。

13節では、旧約聖書の詩篇の作者が「私は信じた。それゆえに語った」と言っているように、それと同じ信仰を持っている私たちも信じているからこそ語るのだと述べられています。 それは、主イエスを復活させてくださった父である神が、私たちもイエスと共に復活させてくださり、御前に立つことができるようにしてくださることを知っているからです。 こうして、私たちは福音を宣べ伝える時、死に直面しているが、そのことによって、本当の命が与えられているのです。私たちは土の器という弱い存在ですが、その中に宝である主イエスがやどってくださり、神の偉大な力が発揮されるのです。

城尾マコト牧師