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出エジプト記20章「御名を呼ぶ者は救われる」
あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない
出エジプト記20章7節
7. あなたは、あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。主は、み名をみだりに唱えるものを、罰しないでは置かないであろう。
聖書は神様の言葉が記された歴史書です。この中には、わたしたち読者への教えや、当時の出来事、賛美の詩や知恵の言葉、そして手紙などが収められています。
日本語の聖書では神様を表す言葉として
- 神 … エロヒム(אלהים)の翻訳
- 主 … アドナイ(אדני)やYHWH(יהוה)の翻訳
- 父 … 新約聖書で特に使われる
と記されています。さらに
- 全能者・全能の神 … エル・シャダイ(אל שדי)
- いと高き方 … エルヨン(עליון)
- 万軍の主 … ヤハウェ・ツァバオト(יהוה צבאות)
といった多彩な呼び方もあります。
さて、この3つ目の戒めの目的は何でしょうか?
これは単に神様の名前を口に出すな、ということではありません。軽んじたり、自分の利益のために利用することを禁じているのです。
- 呪いや占い、偽りの誓いに神の名を使う
- 「神が言った」と虚偽を語る
- 形式的に口にしながら、心は神に背を向けている
つまり「神の名=神ご自身」をどう扱うかが問われています。
現代で言えば、フィクションや日常会話の中で「神」という言葉が安易に使われ、時に乱用されることがあります。その一方で、私たちは主の御名を真実に、敬意をもって呼び続けるように招かれているのです。
神様の名前
出エジプト記3章14節
14. 神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。
神様の名前が最初に明らかにされたのはこの箇所です。
- 私は存在する … エヒイェ(אהיה)
- 彼は存在する … ヤハウェ(יהוה)
神様ご自身が「私はある」と言われるときはエヒイェ、私たちが指すときは「彼はある=ヤハウェ」となります。これが神様の御名です。
ヘブライ語聖書にはこの御名がたびたび記されていますが、ユダヤ人たちはこの御名を直接唱えることを避け、代わりに「アドナイ(主)」と読みました。これは神の名を軽々しく扱わないための敬虔な伝統です。
そのため日本語の聖書で「主」と訳されている箇所の多くは、実際には原典で神様の御名が記されているのです。
日本の聖書
ヘブライ語聖書では御名YHWHが数千回も登場します。しかし日本語の聖書(口語訳、新改訳、新共同訳など)では、すべて「主」と置き換えられています。
これは翻訳者が誤って神様の御名を口にしてしまわないようにした、というよりも、英語訳やドイツ語訳など西洋の翻訳伝統を継承した結果です。そこでは「YHWH」は「LORD」「HERR」とされ、御名を直接発音せずに読む習慣が守られてきました。
つまり日本語訳は、西洋の翻訳史の中で受け継がれてきた「御名を直接唱えない」という伝統を、意識的に尊重しながら翻訳されたのです。これは学問的な正確さと同時に、信仰的な敬虔さをも反映しています。
もしこの伝統がなければ、日本語聖書には御名がそのまま表記され、礼拝のたびに私たちはそれを繰り返し唱えてしまったかもしれません。そう考えると、この翻訳の働きは神の摂理の中で守られてきたことを思わされますね。
現代メディアで濫用される「神」という言葉
現代社会において、私たちは多様なメディアを通して心を豊かにしてくれる数多くの作品に触れることができます。しかし、クリスチャンにとっては、これらの作品にどのように向き合うべきか判断に迷うことが少なくありません。
特に問題となるのは以下のような表現です:
- アニメや漫画において「神」が悪の存在として描かれ、正義の名のもとに打倒される
- 人間が「神」を凌駕する存在として描かれる
- 「神」という称号が単なる強さの象徴として軽々しく使用される
具体例として、人気アニメ「ドラゴンボール」を挙げてみましょう。この作品には「神」と呼ばれるキャラクターが登場しますが、その「神」は死を迎えることもあり、より強力な存在が数多く登場し、「神」を冠する多くのキャラクターが存在します。
クリスチャンの中にもこの作品のファンは多数いることでしょう。しかし、友人たちとその内容について語る際、特にドラゴンボールの「神」について話すとき、なんとなく複雑な気持ちになることはないでしょうか。「これで良いのだろうか」という内心の葛藤を経験することは、多くのクリスチャンに共通する悩みなのです。
聖書的な指針:ローマ人への手紙14章13節~14節、20節~21節
13. それゆえ、今後わたしたちは、互いにさばき合うことをやめよう。むしろ、あなたがたは、妨げとなる物や、つまずきとなる物を兄弟の前に置かないことに、決めるがよい。
14. わたしは、主イエスにあって知りかつ確信している。それ自体、汚れているものは一つもない。ただ、それが汚れていると考える人にだけ、汚れているのである。
20. 食物のことで、神のみわざを破壊してはならない。すべての物はきよい。ただ、それを食べて人をつまずかせる者には、悪となる。
21. 肉を食わず、酒を飲まず、そのほか兄弟をつまずかせないのは、良いことである。
この聖書箇所から得られる原理を現代のメディア作品に適用すると、次のような理解が可能です:
個人の良心の尊重
フィクション作品自体が本質的に罪であるわけではありません。しかし、個人の良心が「これは不適切である」と判断するならば、その人にとってはそれらを避けることが賢明です。
共同体への配慮
他のクリスチャン、特に信仰において成長過程にある兄弟姉妹の前で、これらの作品について軽々しく話題にすることは、彼らにとってつまずきとなる可能性があります。特に子どもたちや新しく信仰を持った人々への細やかな配慮が必要です。
愛による自制
自分自身には問題がないと感じる場合でも、他の人への愛のゆえに控えることは、キリスト者としての成熟した態度と言えるでしょう。
わたしたちにできること
現代文化における「神」という言葉の使用について、複数の学術的視点から整理してみましょう。
言語学・文化研究的視点
「神」という言葉は、本来宗教的な概念でありながら、現代社会では一般的な文化用語として広範囲に使用されています。言語学者や文化研究者は、この現象を「言葉の世俗化」として分析します。聖書学者の多くは、フィクション作品に登場する「神」と聖書の神とを明確に区別し、「これらは本質的に異なる概念である」と位置づけています。
神学的・牧会的視点
この問題に対する神学的アプローチには複数の立場があります。
保守的な立場では、文化的な「神」の濫用そのものを「第3戒に抵触する行為」と捉え、慎重な対応を求めます。一方、より寛容な立場では、「確かに軽率な表現は問題だが、むしろ信仰共同体にとって貴重な教育機会になり得る」と評価します。
特にプロテスタントの神学者たちは、「現代文化における『神』という言葉の軽薄さ」と「聖書における神の御名の絶対的な重み」との鋭い対比を教育的ツールとして活用することを提案しています。
実践的アプローチ
重要なのは、現代文化を一方的に否定することではありません。むしろ、これらの現象を通して「御名をみだりに唱えない」という戒めの真の意味を、改めて深く考察する機会として捉えることです。
現代的な見解としては、「フィクションや日常語での”神”」を、誤解を招く危険性を持ちながらも、同時に建設的な対話の出発点として位置づけることが提案されています。即座に断罪するのではなく、聖書の真の神と対比させながら、より深い理解へと導く契機として活用する—これが「文化とどう向き合うか」という現代的課題への一つの答えであり、第3戒の現代的適用の具体例でもあるのです。
主の御名を呼び求める
詩篇105篇1~3節
1. 主に感謝し、そのみ名をよび、そのみわざをもろもろの民のなかに知らせよ。
2. 主にむかって歌え、主をほめうたえ、そのすべてのくすしきみわざを語れ。
3. その聖なるみ名を誇れ。主を尋ね求める者の心を喜ばせよ。
ヨエル書2章32節
32. すべて主の名をを呼ぶ者は救われる。それは主が言われたように、シオンの山とエルサレムとに、のがれる者があるからである。その残った者のうちに、主のお召しになる者がある。
これらの聖書の箇所は一見、十戒の3つ目の戒めと矛盾しているように見えます。
「みだりに唱えるな」これは、軽んじる、利用する、偽る、神の名を「自分の利益のため」に使ったり、形式だけで唱えたりすることを禁じています。
つまり、「神の御名をむなしく、無意味に扱う」ことが罪とされています。
「御名を呼ぶ者は救われる」これは、信頼・感謝・賛美の中で御名を呼ぶことで、神様の御業を語り、感謝し、救いを求めるとき、御名を呼ぶことは祝福となります。これは「神様にすがる信仰の表現」です。
両者の違いは
- みだりに呼ぶ … 軽率に、形式的に、自己中心に、神を利用して呼ぶこと
- 救いを求めて呼ぶ … 心からの信頼と敬意をもって、助けを求めて呼ぶこと。
「御名をみだりに呼ぶこと」と「御名を信頼して呼ぶこと」は正反対の行為です。
- 前者は 神を自分の道具にすること。
- 後者は 自分を神にゆだねること。
だから聖書は一方で「みだりに唱えるな」と言い、他方で「呼び求める者は救われる」と語るのです。
日々、良いものを与えてくださり、悩んだ時は寄り添って救いを下さる神様に感謝し、お祈りいたします。