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この一週間、主に守られて無事に過ごすことができましたことを心から感謝いたします。使徒パウロは宣教の旅路において、主からの力を受けながら福音を宣べ伝え、その経験を手紙に記してピリピの教会に送りました。パウロの生き方は「私にとって生きることはキリスト」という言葉に集約されています。

戦後80年を迎える今年の6月が終わろうとしています。私たちは歴史を振り返り、信仰の先達たちが歩んだ道のりに思いを馳せる時を持ちたいと思います。戦時中の日本では、キリスト教会のクリスチャンたちが信仰のゆえに捕らえられ、拷問を受け、中には殉教された方々もおられました。

特にホーリネス系の教会は、天皇を神として信じることを明確に拒否したため、厳しい弾圧を受けることとなりました。この信仰の純粋さを貫いた姿勢は、まさに「私にとって生きることはキリスト」を体現したものでありました。

私の母であるマツ先生も、若い時からイエス様一筋に歩む信仰者でした。熱心に伝道に励む一人として主に仕えておりましたが、昭和16年6月26日の朝早く、特別高等警察(特高)によって捕らえられ、連行されていきました。まだ若い女性の身で、どれほど恐ろしい思いをしたことでしょうか。

後に母から聞いた話によりますと、取り調べは厳しいものでしたが、その日の夕方には家に帰されたということでした。しかし、母にとって最も悔しく残念だったのは、それまで書き溜めていたたくさんの原稿用紙がすべて没収され、二度と返還されなかったことでした。母はいつの日にか本を出版したいという夢を抱いていたのです。

また、マツ先生には弟が一人おりました。その弟は若い飛行機乗りとして特攻隊に志願し、祖国のために飛び立っていきましたが、ついに戦死してしまいました。家族にとって、これほど残念で悲しいことはありませんでした。

このような困難な時代の中でも、信仰の先達たちは「私にとって生きることはキリスト」という信念を貫き通しました。パウロが獄中にあっても福音を宣べ伝え続けたように、迫害の中にあっても主への信仰を手放すことはありませんでした。

私たちも現代において、様々な困難や試練に直面することがあります。しかし、信仰の先輩方が示してくださった生き方を通して、何が最も大切なことなのかを学ぶことができます。「私にとって生きることはキリスト」という言葉は、単なる美しい標語ではなく、どのような状況にあっても主と共に歩み続ける決意の表れなのです。

戦後80年という節目の年に、私たちは平和の尊さと信仰の自由を改めて感謝し、同時に信仰の継承という大切な使命を心に刻みたいと思います。マツ先生をはじめとする信仰の先達たちの歩みを思い起こしながら、私たち一人ひとりが「私にとって生きることはキリスト」と告白できる歩みを続けてまいりましょう。

城尾マコト牧師