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日常の中にある神様の愛

今週も一週間があっという間に過ぎていきました。月曜日にはコンニャク作りをして、火曜日には61個を車に積んで販売に出かけました。主人が運転し、私が売り子となって、手カゴに入れたコンニャクを「こんにちわ。コンニャクはいかが?」と一軒一軒回りました。何十年ものお得意さんもいらっしゃいます。 手作りのものですから、その日の出来上がりが気になることもあります。思い悩む時もあるのです。でも主人が言ってくれます。「手作りだから、違って当然。そこが良いところよ」と。

一人ひとりを愛してくださる神様

神様も私たちを造り、育ててくださいます。人は十人十色と言いますね。違いがなければ大変です。神様は全員の名前を知っておられます。そして「わたしが、まず、あなたを愛した!」とおっしゃるのです。

子供が悪さをすると、親たちは「わからんじゃろと思って悪いことをすると、おおまちがい、神様が見ちょらすとばい!」と言うものです。子供たちは少なからずビクっとするのですね。でも親はいつまでも子供のことが心配なのです。思い煩いが絶えないのです。

パウロの教え「何事も思い煩ってはいけない」

そこで、パウロは私たちに大切なことを教えてくださいました。 「何事も思い煩ってはいけない。思い煩うことがあれば、どんなことでも、それを聞いてくださる神に感謝の心をもって、申し上げるがよい。そうすれば、私たちの常識を超えた神の平安がキリスト・イエスにあって、あなたがたの心と思いとを守ってくださる。」(ピリピ4章6~7節) 信者としての心得は、主を信じる者として、いつも喜んでいることです。繰り返して言うが、喜んでいなさい。あなたがたの寛容な心をあらゆる人々に示しなさい。主はもうすぐ来られるのだから。

心に留めるべきこと

パウロはさらに続けて教えます。「どんなことがあっても真実なこと、尊ぶべきこと、正しいこと、純粋なこと、愛すべきこと、評判の良いこと、そのほか、優れたこと、賞賛に値することがあるなら、それらのことに心を留めなさい。」 自分を見るのではなく、人々から学ぶべきでしょう。これが信者としての心得なのです。

神の子供として

手作りコンニャクにそれぞれ違いがあるように、私たち一人ひとりも神様によって個性豊かに造られました。神様は私たちの名前を知っておられ、「わたしが、まず、あなたを愛した」と言ってくださいます。 日々の生活の中で思い煩うことがあっても、それを神様にお話しすることができます。感謝の心をもって祈るとき、私たちの常識を超えた神の平安が心と思いを守ってくださるのです。 これは難しいことですが、主に祈りながら歩んでいきましょう。私たちは神様の愛する子供なのですから。

城尾マコト牧師