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イザヤ書 45:14~17

はこう言われる「神はただあなたと共にいまし、このほかに神はなく、ひとりもいない」

ローマ 12:1~3

この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるかを見分けるようになります。

「望みを抱いて喜び祈る」

神の心に立ち返るなら、神の喜ばれることが何であるのかが分かるようになる。と、パウロは伝えました。

他人や、社会を変えるのではなく、まず自分自身が変えられることから祝福の変化が始まると教えます。

教会に対しての迫害がはげしくなっていく中でパウロ自身にも同胞からの迫害はおこってきます。クリスチャン、キリストの教えに熱心な人たちと、あざな(あだ名)で人々はよぶようになっていきました。

信仰者としての生活は神に喜ばれる、生きた聖い供え物として、献身しなさい。それは、あなたがたのなすべき当然の礼拝である。神のみ心は何なのか、何が善で何が神に喜ばれ、何が完全であるのかを見分けることができるようになること。一石二鳥ではできませんよー。

この章の1、2節でパウロは前章までで見てきたように、神様のご愛は絶大であるので自分の体を神様に供え物としてささげ、この世に乗せられず神様のみ心を求めるように自分を変えなさいと奨めています。

「そうゆうわけですから」という言葉は、福音を理解したのですからということです。私たちの行動は、まず福音の理解、確認がなされ、その福音の恵みから起こらなくてはならない、ということです。その順序を身につけましょう。次にそのようにするなら、最初の行動は神様への献身であるということがここに示されています。絶大な愛の神様を知ったのですから当然のこと。

自分の体をささげるとは、生活を生涯ささげること。自分を変えなさいとは、神様のみ心に献身してゆくこと。これは大いなる愛に出会った人の生き方です。パウロさんはそのような方ですね。

3~8節でパウロは、神様のご愛に感激して神様を愛して生きる生き方の第一はみんなで生きることであると説いています。

9~21節では、偽りのない愛を指示しています。むずかしいとも思われますが、静かに一つ一つ口ずさんで、自らの愛の中にひそんでいる偽りを示していただき、心から悔い改めましょう。具体的に一つ一つ悔い改めましょう。

とうてい自分にはできそうもありません。自分がいかにイエス・キリスト様を必要としている罪人であるかを悟り、こんな罪人と結びついていてくださるイエス・キリスト様に心からの感謝をこめて堅く堅く結びついて信仰を告白しましょう。

その上で主がさせてくださることとして、もう一度、一つ一つの指示をアーメンと受け入れましょう。

小宮山 林也

主に、ハレルヤ、アーメン