● ラケルの苦悩
レアには4人もの息子が生まれましたが、ラケルには子供が生まれませんでした。

当時の女性の主な社会的役割は、子供を産み育てることでした。特に家の後継者を産むことが女性の役割の中でも重要視されていたため、子供を持てない女性は自分の役割を果たせないと感じ、社会的にも家庭内でも居場所が狭まることがありました。

ラケルはヤコブに愛されていましたが、レアがたくさんの息子を産んだことで、ヤコブがラケルよりもレアを大事にするようになるのではと不安に感じ、自分の立場が危ういものになるのではという焦りもあったのかもしれません。

ついにラケルはヤコブに言いました。

ラケル:「ねぇ、あなた!! 私にも子供をください、そうじゃないと私は死んでしまいます!!」

これは非常に切迫した状況ですね。何しろ結婚してからもう何年も経っているのに、子供が産まれてこないのです。それなのに、お姉さんのレアにはもう4人もの息子がいます。

ヤコブは困ってしまいましたが、こう言いました。

ヤコブ:「そんなこと私に言われても困るよ。私は神様じゃないんだ。お前に子供が産まれないのは神様がそうされているからなんだよ」

ラケルはしゅんとなってしまいました。神様はどうして私に子供を与えてくれないのだろう、とても悲しい気持ちになりましたが、それでも諦めるわけにはいきません。

そこでラケルはある方法を思いつきました。

ラケル:「わかったわ、それじゃあ私の侍女のビルハがいます。彼女をあげますから、彼女と子供を作ってください。その子を私の子供とします」

ラケルはヤコブに愛されていたのに、お姉さんのレアに対して嫉妬していました。レアは神様の愛によって心を静めていくのを子供を産んだ優越感だと思ってしまいました。

嫉妬心は神様の計画を見失ったときに生まれるものです。嫉妬心に陥らないためには、神様のなさることをよく学ぶ事が必要です。

● ダン
そして、ビルハに子供が産まれました。ラケルは「神はわたしの訴えを聞き入れて、わたしに息子を授けてくださいました」と言い、その子をダンと名付けました。

ダンという名前にはヘブライ語で「裁く」または「判決する」という意味があります。これは神様が公正に裁きを行って苦しみに応えてくれたという神様に対する感謝の想いがラケルにあったと考えられています。

● ナフタリ
ビルハは2人目の子供を産みました。ラケルは「わたしは激しい争いで、お姉さんと戦って勝ちました!!」と言ってその子をナフタリと名付けました。

ナフタリはヘブライ語の動詞「ナフタル」から来ていて「争う」や「格闘する」という意味があります。

ラケルは子供が出来なかった焦りや葛藤から抜け出し、勝利したという気持ちがあったんですね。ラケルが「激しい争い」と表現する程に子供が産まれるという事は非常に切実な問題だったわけです。

● レアのつかえめジルパ
ラケルがヤコブに自分のつかえめを与えて子供ができましたので、レアも自分のつかえめジルパをヤコブに与えました。

レアは4人目の息子が生まれたときに神様をほめたたえ、神様に目を向けるようになったはずでしたが、ラケルのやり方を見て感化されてしまいました。

ラバンに欺かれたとはいえ、ヤコブがお姉さんと妹を同時にお嫁さんにしたことは、彼の平穏な生活を奪い去ってしまいました。

ヤコブは一家の主人でありながら、この姉妹の間で板挟みになり、苦しんでいたことでしょう。しかし、ヤコブは「お前にはもう子供が4人もいるじゃないか」と言って断ることもせず、レアの願いを聞き入れました。おそらく家の長として、家族全体の繁栄や存続のために受け入れるべきだと感じたのかもしれません。

● ガド
そして、ジルパに子供が産まれました。レアは「幸運がきた」と言ってその子をガドと名付けました。

古代のヘブライ社会では、子供は神の祝福の象徴であり、特に多くの子供を持つことは家庭の繁栄を意味しました。レアはラケルとの争いで更に優位になれると感じ、「幸運がきた」と表現しました。

● アセル
ジルパは2人目の子供を産みました。レアは「わたしは、しあわせです。娘たちはわたしをしあわせな者というでしょう」と言ってその子をアセルと名付けました。

アセルは「幸せ」や「祝福された」という意味があります。

● 恋なすび
ある日、ルベンは恋なすびを見つけたのでお母さんのレアのところにもってきました。

それを見たラケルはその恋なすびをものすごく欲しいとおもいました。恋なすびを食べると子供ができると信じられていたからです。

つかえめビルハによって子供を持つことはできましたが、まだ自分自身は子供を産んでいないラケルにとって、恋なすびは本当に喉から手が出るほど欲しいものでした。

ラケル「お姉さん、お姉さん、その恋なすび、わたしにちょうだい!!」

レアには子供がたくさんいましたが、自分はヤコブに愛されず、ラケルの方が大事にされているので当然は反論します。

レア「あんた、わたしからヤコブを取ったうえに恋なすびまで取ろうというの?」

ラケル「わかったわ!!ヤコブと子供を作る権利をあなたに譲るわ!!だからその恋なすびをちょうだい!!」

諦めきれないラケルは取引を持ち掛けました。レアはうーん、そういう事ならと渋々と納得して、恋なすびをラケルに譲りました。

ヤコブは一家の主人でありながら、この姉妹の間で板挟みになり、苦しんでいたことでしょう。

神様を崇めて、信頼し合い、二人で家庭を築いていくことがどんなに幸せなことだったでしょう。

ヤコブはこうして、しばらくレアと過ごす事になったのでした。

● イッサカル
そして、レアに5番目の子供が生まれました。レアは「わたしが侍女をヤコブに与えたから、神様がわたしにその対価をくださいました」と言ってその子をイッサカルと名付けました。

「イッサカル」という名前は、「報酬」や「対価」を意味します。レアは、自分が行ったことに対して神様が報酬を与えてくださったと感じ、その恩恵を受け取ったことを信じました。

● ゼブルン
そして、レアは更に6番目の子供が産まれました。レアは「神様はわたしに良い賜物を与えてくださいました。6人の子供を産んだから今度こそ、ヤコブはわたしと一緒に住むに違いないです」と言い、その子をゼブルンと名付けました。

ゼブルンは「住む」または「住まい」という意味があります。古代の遊牧民社会において2人以上のお嫁さんがいる場合、お嫁さんは別々の天幕に住む事が一般的で、ヤコブはその間を行き来していました。

ヤコブはラケルの天幕にいる時間が長かったので、レアはそこに不満を感じていたのかもしれません。

● ヨセフ
ラケルはレアに対する嫉妬心から自分の子供を持つという事をレアとの争いとして、そして勝つ事に必死でした。

これはとても身勝手で罪深い事でした。

しかし、神様はこんなラケルを見捨てることはありませんでした。神様はラケルを心にとめられました。そして、神様はラケルの願いを聞き届け、ラケルに子供を与えてくださいました。

念願のラケルの子供です。ラケルは「神様はわたしの恥をすすいでくださいました」と言ってその子をヨセフと名付けました。

ヨセフという名前はヘブライ語の「ヤーサフ」に由来していて「加える」「増やす」という意味があります。

もう一人の子供をわたしに与えてください。というそういう願いが込められていました。

神様は罪人(つみびと)であるラケルをも顧みてくださいました。きっとこの神様の愛によって造りかえられていったのだと思います。

● 結びのメッセージ
今回のお話を通じて、家族の中での愛情、競争、そして信仰がどのように絡み合っているかを見てきました。レアとラケル、それぞれの苦悩や喜び、そして神に対する信頼の姿が描かれています。

私たちの人生にも、思うようにいかないことや、他者との競争、焦りを感じることがあります。しかし、その中でも神様が私たち一人ひとりに与えてくださる祝福を見つめ、感謝する心を持つことが大切です。

レアが最終的に「主をほめたたえる」と決心したように、私たちもどんな状況にあっても神様に感謝し、信頼を置くことを学びましょう。

また、ラケルが神様に熱心に祈り続けたように、私たちも困難なときには神様に頼り、祈りを通じて力を得ることができます。

そして、ヤコブには最後にもう一人、ラケルから生まれた息子ベニヤミンがいます。しかし、そのお話に至るまでにはまた長い物語がありますので、次回の機会にお話ししたいと思います。

今日のメッセージを通じて、神様の導きと祝福を感じ、信仰をさらに深めていけますように。では、最後にお祈りを捧げましょう。