わたしが示す地へ行きなさい
今日の個所は創世記の第二部、族長たちの歴史で、アブラハムの生涯のことが語られています。彼は、はじめアブラムと呼ばれました。
父テラがカランで死んだとき、主がアブラムに現れて、主が示す地へ出ていくようにと命じられ、アブラムは直ちにみことばに従ってカランを出、カナンに入りました。
いっさいを捨てて直ちに御言に従ったアブラムの信仰は実に見事なものでした。
後にヘブル人への手紙の著者は、「信仰によって、アブラハムは…召しを受けたとき、これに従い、どこへ行くのかを知らないで、出て行きました。」とアブラムの信仰を絶賛しています。
アブラムは行く先々で主のために祭壇を築き、主のみ名によって祈りました。これこそ信仰者の規範です。私たちも、いつもみことばに従い、すべてのことについて主を礼拝することを第一にする者でありたいものです。
しかし、このアブラムも、エジプトへ行ったとき、自分のいのちを奪われることを恐れて、サライが妻であることをかくし、妹だといいました。
これは全くのうそではありませんでしたが、神様の守りを信じない不信仰、妻サライにたいする不真実を示す行為でした。
主の恵みでサライは守られましたが、アブラムの不信仰と不真実は否定できません。主を見上げることを忘れ、自分とその周りのことを見、自分の安全を求めるとき、立派な信仰者も罪に陥る危険があることを覚えましょう。