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出エジプト記35章「神様と共にいたいですか?」

幕屋プロジェクト

モーセは神様から伝えられた使命をイスラエルに伝えました。

安息日を守るように言いつけ、そして、イスラエルの民達が神様と一緒にいるために必要な幕屋の建設に必要な材料をもってこさせました。

「心から喜んで神様に捧げ物をしたい人は、今から言うものをもってきなさい」

こうして、イスラエルの民達は次から次へと、手持ちの財産をもってモーセの元へ数々の品物をもってきました。

金、銀、青銅、青糸、紫糸、緋糸、亜麻糸、やぎの毛糸、あかね染めの羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、香料に様々な油に宝石。

民たちのもってくる捧げ物があまりにも多すぎて作業が進められない事態にまでなったので、モーセは

「もう、持ってこなくていいよ、十分集まったよ」

と、イスラエルの民達をなだめる場面もありました。

神様を恐れることは知恵のもと

聖書には書かれていませんが、金の子牛事件で神様から罰を受け、一時は神様から「一緒に行くとあなたがたを滅ぼすかもしれないから一緒に行かない」とまで言われ、悲しんでいたイスラエルの民達です。

モーセを通して神様から「心から喜んでするものは、神様への捧げ物をもってきなさい」と言われ、とても喜んで次から次へともってきたのだと思います。

彼らは何度も失敗をしましたが、ついに神様に滅ぼされる寸前にまでなり、そこでようやく神様を恐れ、従順になりました。一見、後ろ向きに見えますが、聖書ではこのことを否定していません。

箴言9章10節

10. 主を恐れることは知恵のもとである、聖なる者を知ることは、悟りである。

段階としては、恐れ → 従順 → 愛 → 喜びからの奉仕 という成熟のプロセスがあり、恐れから始まってもそこから愛に育っていけば良いというのが聖書全体の流れです。

神様の霊

そして、神様に知恵を与えられた人たちも集まってきました。

幕屋プロジェクトに参加する職人達には次のような人たちがいました。

  • ユダ族のベザレル … 神様の霊に満たされて、知恵・悟り・知識・あらゆる工作の技術、そして人に技術を伝える能力を与えられた
  • ダン族のアホリアブ … ベザレルと同様に神様の霊に満たされて、知恵・悟り・知識と技術を与えられた
  • 心の中に神様の知恵を与えられた人
  • 幕屋プロジェクトに参加したい人

ベザレルとアホリアブは、聖書の中では出エジプト記31章が初登場です。これまで彼らは何か活躍したという記録もなく、神様から一方的な恵みとして「神様の霊」が注がれ、美しい建築物や芸術の職人の技術を与えられました。

彼らは出エジプトの前は、エジプトで奴隷としてレンガ造りや土木労働をしていたので、何もできないということはなかったでしょうが、神殿建築に携わるような高度な技術をもっていた可能性は低かったのではないでしょうか。

さて、神様から注がれたのは「聖霊」ではなく「神の霊」と書かれています。

「神の霊」はヘブライ語で「רוּחַ אֱלֹהִים」(ルーアッハ・エロヒーム)と書かれ、新約聖書における「聖霊」とは区別されます。

  • 旧約聖書では「神の霊が臨む・満たす」と表現される
  • 「神の霊」は特定の目的のために、特定の人に、臨むというパターンが多い

これは単なる技術の付与ではなく、神様ご自身が共にいてくださって導いてくださる、人格的な神の働きです。

「ベザレル、あかしの箱の彫刻はこういうニュアンスで掘るんやで」

「親方(神様)!! がってんです!!」

きっと、魂の中ではこんな神様の霊による働きかけがあったのかもしれませんね。

知恵を与えられた者、工事をなそうと心に望む者

また、神様から心に知恵を与えられた者と、工事をなそうと心に望む者も集まってきました。

どちらも神様から知恵と志を与えられた者ですが、明確に違いがあります。

  • 心に知恵を与えられた者 … 神様から技術的賜物を与えられた者(ベザレルとアホリアブから技術を引き継ぐ器)
  • 工事をなそうと心に望む者 … 神様から心に志を与えられた者(技術はともかくやる気できた者)

知恵も志も神様から来た賜物です。これは現代のわたしたちにとって「わたしには特別な賜物がない」と思っているひとでも、志があれば神様の事業に参加できるというメッセージでもあります。

幕屋プロジェクト要件定義

これらの幕屋の建設に関する設計は、シナイ山にて神様が直接モーセにこのように作りなさいと命じられたもので、出エジプト記の25章から31章までに詳細に示されています。

まず、幕屋は全体的に次のように分かれています。

  • 外庭 … 誰でも入れるところ。青銅の燔祭の祭壇と、青銅の洗盤が置かれている
  • 聖所 … 祭司のみ入れるところ。純金の燭台、陳列のパンの机、香の祭壇がある
  • 垂れ幕 … ケルビムを刺繍した幕で聖所と至聖所を隔てる
  • 至聖所 … 年に1回、贖罪の日に大祭司のみが入れる場所。それ以外は神様が直接いる場所として完全に封鎖されており、契約の箱が置かれている

そして、作らなければいけないものは次の通りです。

  • 契約の箱 … アカシヤ材の木箱の内側と外側両面に金の板を全体に貼り付けており、上には翼を広げたケルビムの像が2体乗っている
  • 純金の7本枝の燭台
  • 陳列のパンの机
  • 香の祭壇
  • 青銅の燔祭の祭壇
  • 青銅の洗盤
  • 幕屋本体 … ケルビムを刺繍した幕、覆い、アカシヤ材の板、柱など
  • 祭司の衣装 … エポデ、胸当て、上着、亜麻布の衣、帯、冠

この幕屋はその全体像や意味が大きいので、また別の機会に詳しく取り上げたいと思います。

幕屋建設にかかった期間

幕屋プロジェクトには締め切りがありました。

出エジプト記40章1〜2節

1. 主はモーセに言われた。
2. 「正月の元日にあなたは会見の天幕なる幕屋を建てなければならない」。

こうして彼らは第二年の正月に幕屋建設を完了させました。彼らが出エジプトしたのが第一年の正月なので、およそ半年から9ヶ月ほどかけて幕屋を建設したということになります。

さて、彼らは神様が約束してくださった土地へ入らなければなりませんが、幕屋はどうするのでしょうか。割と力の入った建設物のように思えますが、安心してください。「幕屋」はアカシヤ材の板と布を組み合わせた、現代で言えば組み立て式のプレハブテントです。運搬担当はレビ族で、民数記4章には詳細な撤収・梱包・運搬の手順まで記されています。

聖書には「天幕」と「幕屋」という言葉が出てきますが、次のような意味合いで区別されます。

  • 幕屋 … ヘブライ語「מִשְׁכָּן」(ミシュカン)。「宿る・住む」という動詞から来ており、神様が住まわれる場所というニュアンス。神様の臨在に焦点がある
  • 天幕 … ヘブライ語「אֹהֶל」(オヘル)。単純に「テント」という意味で、構造物としての建物に焦点がある。遊牧民が使う普通のテントにも使う言葉

地上の幕屋に住んでくださった神様

出エジプト記40章34〜35節

34. そのとき、雲は会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた。
35. モーセは会見の幕屋に、はいることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。

「会見の天幕」は、イスラエルの民の宿営から少し離れたところにある仮設のテントで、モーセが神様とお話をするときに使っていたものです。幕屋が完成したとき、神様は「会見の天幕」から正式に幕屋へとお引越しをされました。

これまでは話し終わると戻っていかれた神様が、今度はそこに住まわれることになったのです。

これってすごくないですか? この地球の中で起きた出来事の中でも、トップスリーに入るくらいの世界的大事件だと思います。

この宇宙全体を作られた神様が、アカシヤの板と布で作られたこの幕屋の中に、お住まいになられたのです。

出エジプト記の1章では、イスラエルの民達は奴隷でした。

そして、出エジプト記の最終章である40章では、神様が民の中に住んでくださったのです。

イスラエルの民たちにとって、ただ約束の地カナンに入ることではなく、「神様とともにいること」こそが、出エジプトの目的の完結した瞬間でした。

神様とともにいたいですか?

さて、神様は、罪まみれのイスラエルの中に、モーセのとりなしによって住んでくださいました。

イスラエルの民達の中に、神様が無条件に、一方的な神様の恵みで住んでくださった。しかし、それはあくまでもスタートであり、ゴールまでの間、神様とともに歩む事が必要でした。

現代においては、わたしたちも、ゴールまでの間、神様とともに歩む生き方をしなければなりません。

神様とともに歩む生き方とは、罪を犯さず、神様の方を向いて生きていくことです。これは、人間の力や努力では決してできない事です。だから、わたしたちには「聖霊様」が与えられました。

「聖霊なる神様」は「子なる神様」であるイエス様のとりなしによって、「父なる神様」から与えられ、今もわたしたちの心の中に生きておられます。

ですから、どうしたら良いのかわからないとき、心の中の聖霊様を通して、神様を頼ってください。罪を犯したら、神様に許してもらえるよう、お祈りしてください。

わたしたちの約束の地への旅はまだまだ道半ばです。わたしたちが神様から離れることがないよう、神様がわたしたちと一緒にいてくださるよう、お祈りしたいと思います。

城尾淳一 神学生