d6c90ebed9cd0ae715d2fdcb41efd8e3

出エジプト記15-16章「信じて休みなさい」

神様をほめたたえる

エジプトを出たイスラエルの民はカナンに向かう途中でいったん引き返して紅海の北部のビハヒロテで宿営し、エジプト軍をおびき寄せました。エジプト軍はイスラエルの民を連れ戻そうと追いかけてきましたが、神様の奇跡で紅海が2つに割れ、乾いた地の現れた海の中を渡り、エジプト軍から逃れました。エジプト軍はイスラエルの民を追って海の中へと進みましたが、神様の手によって割れた海が再び元に戻り、エジプト軍は一人残らず海に飲み込まれてしまいました。

こうして、イスラエルの民はエジプトから永遠に開放されました。

イスラエルの民は神様が行われた大いなる奇跡を目にし、神様とモーセを信じました。そして、イスラエルの人々は神様に向かって感謝の歌を捧げ、アロンの姉である女予言者ミリアムと女性たちはタンバリンをとって踊りました。

【出エジプト記15章21節】

そこでミリアムは彼らに和してうたった、
「主にむかって歌え、
 彼は輝かしくも勝ちを得られた、
 彼は馬と乗り手を海に投げ込まれた」

さて、ここで登場する「女予言者ミリアム」。
聖書には「アロンの姉」と書かれていますが、アロンはモーセの兄なので、つまりミリアムはモーセの姉でもあります。

実はミリアムは、出エジプト記の2章からすでに登場しています。
エジプトの王パロの命令で、「生まれた男の子はナイル川に投げ込みなさい」と言われていた時代、生まれたばかりのモーセはとても愛らしかったため、母は隠して育てます。そして茂みに隠されたモーセを、そっと見守っていた少女がミリアムでした。

そんな彼女が、出エジプト記15章では突然「女預言者ミリアム」と紹介されます。
でも、預言者というのは勉強や修行でなれる職業ではありません。
聖書において預言者とは、神様に召され、神の霊を受けて語る者です。つまり、神様が「あなたを預言者として立てる」と言われてはじめて、預言者となるのです。

そう考えると、ミリアムはモーセとは別のところで、すでに神様の声を聞き、神に用いられていた存在だったことになります。
彼女もまた出エジプトの旅に加わり、女性たちのリーダーとして、礼拝と賛美を通して霊的にモーセを支える働きをしていたのです。

苦い水

さて、イスラエルの民たちは荒野を進んでいましたがそこには水がなく、手持ちの水も底をつき、喉も乾きました。
3日歩いた後、ようやく水をみつけましたが、その水は苦くて飲めたものではありませんでした。

聖書には井戸なのか川なのか湧き水なのか、どういう水か記されていませんが、荒野の旅で、紅海からエリムへ向かう途中にあるので、おそらくシナイ半島北部あたりの乾燥地帯と考えられています。

そこで見つけた水はおそらく泉または湧き水だったと思われます。

その土地は水が苦かったので「メラ」と呼ばれました。苦いという意味の言葉はヘブライ語で「マラ」と呼ばれます。

きっとその水には塩分やミネラルが多すぎる、硫黄や鉄、石灰や最近などの不純物がおおくて苦かったり渋かったりえぐかったりしたのではないかと思います。

ついこの間までは神様に感謝の気持ちを歌っていた民たちはモーセにつぶやきました。平たく言うと文句を言いました。

「おいモーセ、この水は苦くて飲めたものじゃないぞ、なんとかしてくれ!」

文句を言われたモーセは神様に「主よ、どうかわれわれを助けてください」と呼び叫びました。

モーセの声を聞いた神様は「そこに生えている木の枝を水の中に投げ入れなさい」と言い、モーセはその通りにしました。

すると苦かった水は甘くなり飲めるようになりました。

この苦い水というのは神様から与えられた試練でした。イスラエルの民は試練で試され、そして神様を頼るではなく不平不満をモーセにぶつけました。

イスラエルの民がモーセに不満をぶつけた時、神様は不平を言う民に直接怒らず、苦しむモーセを責めるでもなく、ただ必要な導きを「1本の木」として示されました。

神様の深い忍耐とあわれみでした。

そして神様は「わたしの声に聞き従い、良い行いをするならエジプトに下した病をあなたがたに下さない、わたしは主であって、あなたをいやすものである」と言いました。

これは優しい慰めであり、同時に「わたしの声に聞き従いなさい」という静かな警告だったのかもしれません。

われわれは何者なのか

さて、エジプトを出てから約二か月。
イスラエルの民は、またもやモーセとアロンに向かって不平を言いました。

「何も食べるものがないじゃないか! このままじゃ飢え死にする!」

「エジプトにいたときは、肉の鍋を囲んでおなかいっぱい食べられたのに!」

「こんなことなら、エジプトで満腹のまま死んでいた方がマシだった!」

「お前たちは、わたしたちをこの荒野で餓死させるつもりか!」

神様は、このつぶやきを聞いておられました。
そしてモーセに語られます。

【出エジプト記16章4節】

そのとき主はモーセに言われた、「みよ、わたしはあなたがたのために、天からパンを降らせよう。民は出て日々の分を日ごとに集めなければならない。こうして彼らがわたしの律法に従うかどうかを試みよう。六日目には、彼らが取り入れたものを調理すると、それは日ごとに集めるものの二倍あるであろう」

この神様の言葉を受けて、モーセは民に伝えます。

「夕暮れには肉が、朝にはパンが与えられます。
そしてあなたがたは、主こそ神であることを知るでしょう。」

そのうえで、こう言いました。

【出エジプト記16章8節】

「いったいわれわれは何者なのか。あなたがたのつぶやくのは、われわれにむかってでなく、主にむかってである」

この「われわれ」とは、モーセやアロンといった指導者たちのことです。
モーセはここで、「私たちは神様ではありません。ただ、神様の言葉に従って、あなたたちを導いているだけの者です」と、自分たちをへりくだって語りました。

つまり、「私たちに言っているようで、実はあなたがたは神様に文句を言っているのだ」と警告しているのです。

モーセは、リーダーでありながら、偉ぶることをしませんでした。
自分の言葉ではなく、神の言葉を預かって語っているのだという自覚がありました。

だからこそ、この言葉は責任逃れではなく、神様への敬意を取り戻してほしいという願いだったのです。

これは何?

夕べになると、たくさんのうずらが飛んできて、イスラエルの民たちはお腹いっぱいお肉を食べることができました。

そして朝になると、民たちの宿営のまわりに、露が降りました。

まるで朝露のように、あたり一面をうっすらと覆い──
その露が消えると、地面には白い粉雪のようなものが残っていました。

それはまるで、荒野全体が粉雪で覆われたように真っ白で、初めて見るその光景に、イスラエルの民たちは口々に言いました。

「これはいったい何なんだ?」

モーセはそんな民たちにこう言います。

「これは、神様があなたがたにくださったパンです。1人1オメルずつ集めなさい。」

わたしは最初この箇所を読んで、思わずこう思いました。

「えっ? 地べたに落ちたパンを拾い集めて食べるんですか? ちょっと抵抗あるよね?」

きっとイスラエルの民たちも、「え?」って顔をしたと思います。
でも、それでも「神様が与えてくださった」と信じて、ありがたく集めて食べたのです。

それはまさに、信仰の訓練でした。

彼らが言った「これは何?」という言葉。
これはヘブライ語で「マーン・フー」と言います。
そしてその言葉がそのまま、「マナ」という名の由来になったのです。

1人1オメルずつ集めなさいと言ったこのオメルは具体的には2.2リットルです。

お米2.2リットルなら約 1.6 キロ、ゆでる前のパスタならたっぷり4~5人分くらい、マナは軽かったと思われるので、「嵩(かさ)」はあっても1人分にはちょうどよかったのかもしれません。

【出エジプト記16章17節】

イスラエルの人々はそのようにして、ある者は多く、ある者は少なく集めた。しかし、オメルでそれを計ってみると、多く集めた者にも余らず、少なく集めた者にも不足しなかった。おのおのその食べるところに従って集めていた。

ここは少し不思議な表現ですね、多く集めても少なく集めても1オメルきっちりだったのかと勘違いしそうですが、それぞれがキッチリおなかいっぱいで満足する量をちょうどよく集めたということです。

神様が与えてくださるマナは、誰が多く集めても、誰が少なくても、結果的にちょうどよかった。それは、神様が一人一人の必要をご存じだったから。

でも、そこにはもう一つのメッセージがあります。「誰かの不足を、誰かが補う。誰かの余剰が、誰かの助けになる。」
それが神様の共同体のかたち──恵みを分かち合う姿でした。

つまり

・ 力のある者は多く集められるかもしれない。
・ 年配の人、病気の人、子どもたちは少ししか拾えなかったかもしれない。
・ でも、神の民として分かち合う中で、結果的に誰も不足せず、誰も余らせなかった。

これは、神様が

「自己中心ではなく、助け合い・信仰共同体として歩むこと」

「毎日の必要を満たすことに感謝する心」

を教えるための「食を通じたレッスン」でした。

安息日のマナ

神様は、毎日マナを天から降らせてイスラエルの民に食料を与えました。けれどそれは、ただお腹を満たすだけの奇跡ではありませんでした。

「朝まで残しておいてはいけない」
「6日目は2倍集めなさい」
「7日目は聖なる安息日、マナは降らない」

神様はこのルールを通して、「あなたがたがわたしの言葉に従うかどうか」を試されたのです。

不思議なことに、他の日には腐るマナが、6日目に集めた分だけは腐らなかった。
逆に、「7日目も集められるかも」と探しに行った人には、何もありませんでした。

これはまさに、信仰の訓練でした。
「自分の努力」ではなく、「神のことば」に信頼して休めるか?という問いです。

そしてこの箇所こそが、人類が「7日目に休め」と神から命じられた最初の場所。
創世記では神が休まれましたが、人間が休むよう命じられたのはここが初めてです。

ちなみに──

現代のキリスト教会では、イエス様が復活された日曜日を「主の日」として礼拝する習慣があります。
けれども、聖書には「日曜を安息日にしなさい」とは書かれていません。

このことを知ると、「安息日って何だろう?」という問いに、もう少し広い視点が生まれてくるかもしれませんね。

イスラエルの民はこうしてカナンの地につくまでの40年間、神様からいただくこのマナを食べて過ごしました。

エジプトからカナンの地まで直線距離でも約300キロ、普通に歩いても2週間もあれば十分で、荷物が多くても1~2か月です。なぜ彼らの旅はそれだけかかったのでしょう。

約束の地カナンを与える事は神様がアブラハム・イサク・ヤコブと結んだ約束ですが、この旅の目的はカナンにたどり着くことだけではなく、心の変革がありました。

440年エジプトに住み、長年の奴隷根性が染みついたイスラエルの民が神様の民として信仰と従順さを身に着ける必要がありました。

1.すぐにでも到着できる距離を

2.あえて回り道をさせ

3.日々のマナで「今日も与えられること」を学ばせ

4.週ごとの安息日で「手を止めて神様んい信頼する」ことを訓練し

5.そして最終的には、不従順な世代を通り過ぎて、次の世代にバトンタッチさせました

神様のご計画は、数十年、時には数百年超えて働かれます。

わたしたちは今すぐの良い結果を求めがちで、今の辛い境遇に「神様、どうして助けてくれないのですか」と不平不満を漏らしてしまいます。

わたしたちが覚えるべきことは、神様は今日も生きるためのマナを与えてくださり、訓練をされるということです。

神様が忍耐をもってわたしたちを導いてくださるということを覚え、わたしたちもそれを信じ、日々のマナをいただき、週ごとの安息日に神様を信じて休み、そして神様を信じる心を訓練して生きていければと思います。

お祈りいたします。