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ヨハネ12章「光を信じなさい」

「やみの中を歩く者は、自分がどこへ行くのかわかっていない。光のある間に、光の子となるために光を信じなさい」

イエスはこれらのことを話してから、そこを立ち去って、彼らから身をおかくしになった。このように多くのしるしを彼らの前でなさったが彼らはイエスを信じなかった。

それは予言者イザヤの次の言葉が成就するためである。

「主よ、わたしたちの説くところをだれが信じたでしょうか。また主のみうではだれに示されたでしょうか」こういうわけで、彼らは信じることができなかった。

イザヤはこうも言った。

「神は彼らの目をくらまし、心をかたくなになさった。それは彼らが目で見ず心で悟らず悔い改めていやされることがないためである」

イザヤがこう言ったのは、イエスの栄光を見たからである。予言者イザヤは幻の内に主に出会い神殿の中に主の衣のすそが満ちているのを見た。

主は高くあげられたみくらに座しておられた。

高くあげられた方、主イエス・キリストを見ておられて「主よ、わたしたちの説くところをだれが信じたでしょうか?」

イザヤの問いかけは、ここに成就したと書かれているのです。

ヨハネは、幻の中で示されたキリストの黙示を書いた人です。

ペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人は、主と共に山に登り、エリヤとモーセとイエス様が主の十字架のことについて語り合っておられるのを、そばで見ていた方です。

いつも霊的な心でイエス様を見ていた人で、イエス様はヨハネをとても愛しておられました。

ほんとうの兄弟のように心をかよわせ、最後の食事の場にも一番にヨハネをよんで自分の右に座らせなさいました。

主、イエス様は、人の子として、この世に生まれ、人のあがないとして子羊の役目をになわれました。

人の罪があがなわれるために、血が流されなければなりませんでした。

主は、私たちをあがない出すため、永遠の命を与えるために、十字架に付けられ、死んで墓におさめられ、黄泉にまで下り、三日目によみがえらされて、天の父なる神の右に座しておられます。

そして、私たちのために、今もとりなしの祈りをしてくださっています。

イエス様のお弟子さんの十二名をはじめ、初代教会の方々は、現在のクリスチャンである私たちを見てはげましてくださっていると思います。

どんなに小さな祈りも聞いてくださる神様です。かたくなな石の心ではなく、あたたかい血の流れる心で、主を信じて、生きる者とされたいと思います。

互いになぐさめ、はげまして、主にまみゆるその日まで、この地で主を賛美しながら生きましょう。

主にハレルヤ、アーメン

城尾マコト